2/2「女癖 - 別役実」ちくま文庫 思いちがい辞典 から

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2/2「女癖 - 別役実ちくま文庫 思いちがい辞典 から

ともかく、我々が平然と、声高に、時には当人に面と向かって、「お前も悪い人間ではないんだが、女癖が悪いのがね」と言ってのけることの出来る「女癖が悪い」奴は、常にそれが「ばれる」点にとくちょうがあると言っていいであろう。そしてそのように考えてみたとき、そのどこが悪いのかということが、よくわからなくなってくるのだ。と言うのは、「ばれる」のは単に不器用であり、要領が悪いからでもあるが、同時に、自分自身の行為について正直であり、素直であるからである。「女癖が悪い」奴に悪い奴はいない。と言われているのは、そのせいであろう。
どんな社会にも、男女間には一定のルールがあるとされている。しかし勿論、そこにおけるすべての男女関係が、そのルールのもとにのみ成立し得るとは、誰も信じてはいない。これは奇妙なことであるが、にもかかわらずそこにルールがあり、人々がそのルールを守ろうとするのは、ルールのないところで男女関係を成立させることも、これまた不可能であると一方で固く信じこんでいるからである。
こうした男女関係の、極めて不条理な事情を考慮しないと、「浮気もの」でしかもすぐに「ばれる」という、奇妙な行動様式をもつ「女癖が悪い」奴の出現する必然性は、なかなか理解出来ない。そうなのである。「女癖が悪い」奴というのは、男女関係におけるこうした不条理を身を以って体現しようとしているのであり、社会的なありきたりのルールのもとでは本来の男女関係はあり得ないことを理解するべく、「浮気」をするのであり、同時に、ルールのないところでも本来の男女関係は成熟しないことを理解すべく、それを「ばらし」てしまうのである。
そして実は、「女癖が悪い」奴のそうした行状が「ばれた」とき、彼の逸脱したありきたりの社会的ルールは、単にありきたりのものではなく、真に男女関係を成立させ、成熟させるためのルールに、覚醒される。亭主の「浮気」が「ばれ」てひと騒動あった後、むしろ以前より夫婦仲がよくなったという例は、決して少なくない。「女癖が悪い」奴の「女癖」は、潜在的には常にそうした願望に支えられている。
勿論、これに味をしめて余りにも度々こうした行状を繰り返すのは、よくない。男女関係というものは、油断をするとすぐありきたりの社会的ルールをなぞりはじめるから、そうしたときに配偶者のひとりが、ほんのちょっとそれを逸脱してみせるのは、時に有効であるが、これが度々繰り返されると、もうひとりの配偶者のほうが、それを阻止すべく社会的ルールを極端に全面に押し出し、本来の男女関係においてはあってなきが如きそれを、明らかにあってしかるべきもののように固めあげてしまうからである。
そのように仕立てあげられたルールのもとには、もう二度とその逸脱者は帰ってこない。関係は、そこで死ぬのである。このようにして「女癖が悪い」奴の存在は、その本来の衝動がそうであるように、男女関係を成立させ、成熟させるために極めて有効であるが、同時に危険でもある。一番いいのは、その行状が心配になる程度に身近に、しかし、「カッとしない」程度に遠く、その種の人間がいることだと言われている。「妹の亭主の女癖が悪い」というのが理想的、と言われているのはそのせいであろう。「妹の亭主」であるからそれなりに心配であり、その心配を拠りどころにして自分自身の夫婦関係を活性化することが出来るのであり、同時にまた「自分の亭主」ではなく、「妹の亭主」なのであるから、最終的にはどうなろうと知ったことではないのであり、従ってその行状がどうにもならないところへいってしまっても、ありきたりの社会的ルールで自分たちの夫婦関係を縛ることもないのである。
「女癖が悪い」奴というのは、対人関係における触媒としての役割を果たしていると言っていいだろう。触媒というのは、それ自体としては少しも化学変化をこうむらす、単に他の化学反応を促進ための物質、と言われている。例えば、酸素と水素の混合気体は常温では化合しないが、これに「白金黒」を加えると化合する。この「白金黒」が触媒であり、この化学変化のために、そこに存在することのみが必要なものなのである。
このように考えてみると、「女癖が悪い」奴というのは、現下の社会の男女関係における関係行動とは、一種異なったふるまいをする存在であることが理解出来よう。一般的な男女が、酸素であり水素であるものとして、化合すべく関係行動をするものだとすれば、「女癖が悪い」奴は、その点において「ただ存在するだけ」のものにほかならないからである。もしかしたらこれは、男女関係がこのように不条理になってきた今日の、人類の生み出した変種かもしれない。少なくとも、これらが攪乱装置としての役割を果たさない限り、我々の結婚制度は、ルールだけのものとなり、やがて人々はそれに耐えられなくなるであろう。