「金属探知機 - 團伊玖磨」朝日新聞文庫 なおパイプのけむり から

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「金属探知機 - 團伊玖磨朝日新聞文庫 なおパイプのけむり から

きんこん。ゲイトを歩いて通過した時にチャイムが鳴った。

この節は、日本中の何處の空港にも金属探知機やX線探知機が備えられ、旅客の所持品、手荷物等を検査するようになった。次々とハイジャッカーが出現して、凶器を振り廻わして飛行機を乗っ取り、揚句の果ては機関銃を持ち込んでのテルアヴィブ空港での乱射事件迄起こったので、このような事件を防止するために、旅客がナイフやピストルや爆弾、銃等を機内に持ち込まぬようにするために、所持金属品のチェックを始めた訳で、一九七二年五月三十日のテルアヴィブ空港事件以来一段と厳しくなっていた所持品の検査に金属探知器を使用する事になって、装置が開発され、試験的が設置が始まったのがその年の夏頃から、そして、日本中の空港に探知器が設置され終ったのはその一年後だったと記憶する。
現在日本の空港に設備されている探知器に何種類があるのかよく知らないが、通常見掛けるシステムは、旅客を一人々々通過させて、身に着けた物やポケットの中の一定以上の量の金属があればきんこんとチャイムが鳴るゲイト式のものと、手荷物をベルト・コンベアーに載せてX線で照射し、怪しい物があればブザーが鳴る式のものゝ二つがあるようである。東京や大阪のような大きな空港では、金属探知器はブルーのプラスティックの大袈裟な枠形のゲイトに仕掛けられて、又、八丈島や出雲のような小さな空港では、簡単な金属の棒の枠が立っているだけである。その双方が異なるシステムのものなのか、或いは同じシステムで大袈裟と簡単の差だけであるのかを僕は知らない。手荷物検査用のベルト・コンベアー式のX線探知器の方は、小さな空港には無いようだが、その方式にしても、X線を幾つかの方向からどのような角度で照射しているのかを僕は知らない。方々の空港でこれ等の探知装置を見るようになった頃、早速に興味を起こして、これ等のシステムを詳しく研究してみたくはなったのだが、被疑者側のこちらがこれ等の装置を詳しく研究するのはいけない事で、若し詳しく研究すれば、必らず装置の裏を掻く方法や盲点や死角を発見する事となって、折角の探知装置の意味が無くなってしまうと思ったので、研究は止めにしたのである。今のところ、機関銃やバズーカ砲の類を機内に持ち込む意志を僕は全く持っていないが、それにしても人間の事だから、何時けつ[難漢字]起して武器弾薬を機内に持ち込んで大暴れをしたくなるかは判らぬ訳で、そうなった暁に、探知装置の裏を掻く方法や抜け道を知っていては、危険物を機内に持ち込めてしまうから剣呑でいけない。こういう事は、だから知らない方がよいのである。
ところが、そうは思っていても、自分が金属探知のゲイトを通過する度に、きんこんとチャイムが鳴ったり、或いは鳴らなかったりでは気になるのが当然で、一体これはどういう仕組みなのだろうとつい考えてしまう。僕が身に着けている金属製品はライターだけで、習慣上、ライターは常にズボンの右側のポケットに入っている。それなのに、チャイムは鳴ったり鳴らなかったりなのである。そこで、色々な状況を作りながらゲイトを通過してみると、どうやら、普通に中央を歩くと - 詰まりライターが枠に近い部分を通過するとチャイムは鳴り、身体を左に寄せて、ライターが中央部を通過するようにすると、チャイムは鳴らない事に気付いた。百パーセントそうであるとは言えないが、大体そうなるのである。あの装置は、例えば何枚かの硬貨位を持っていても鳴らないように出来ていて、ライターでも小形の物では鳴らず、僕が使っているカルティエの製品のように稍大形の物だと、丁度、鳴ると鳴らぬの境目の大きさであるらしい。

鳴らなければすぐ渡して貰えるが、ぶ、ぶ、とブザーが鳴り、ベルト・コンベアーの上を手荷物が進んで来ると、係り員は「開けていいですか」と言いながら、手荷物を点検する。「いやです」と言ったらどういうことになるのかとの思いが一瞬頭を横切るが、何時も僕は「どうぞ」と言って、係り員が点検するのを見ている。そして、御苦労様と思う。
鳴らなければその儘通して貰えるが、きんこん、とチャイムが鳴ると、ゲイトを通ったところに係り員は歩み寄って来て、「失礼します」とか言って、僕のボディー・チェックを始める。その触り工合は、妙にひらひらしていて、マッサージに較べると遥かに心許無い。要するに、遠慮しいしい、点検する方も間が悪そうで、こちらも変に間が悪く、多少擽ぐったくて、妙な工合である。ボディー・チェックと言っても全身を触るでも無し、あんな事では、申又[さるまた]の中にピストルでも吊り下げて罷り通れば通れるのでは無いかと心配になってしまう。
この節は、女性の係り員も居て、その人達は女性旅行者のボディー・チェックのために居るのかと思ったら、男性のボディー・チェックもするのである。つい最近、女性の係り員に二度程ひらひらとボディー・チェックをされて吃驚[びっくり]したので、そのことを友人に話したら、友人は何か勘違いして、
「そうか、じゃ、女性のボディー・チェック係り員が居て、ライターを持っていた場合は、探知ゲイトの中央を歩けばいゝんだね、判った、判った」
と言った。
そこで、僕は、
「いや、あの人達は厭だろうと思うよ、知らぬ旅行者の身体をひらひらと触るなどとは、男女とも本当に気の進まぬ仕事だと思う。だから成る可く金属は持たずに飛行機に乗る事だ。彼等に面倒を掛けぬためにも、ね」
と友人の勘違いを正した。
このごろの僕は、ボディー・チェック係りが手持無沙汰らしく見受けられる時は、彼等へのサーヴィスのためにきんこんとチャイムが鳴るように努め、忙しそうな時は遠慮して鳴らぬように努め、相当に気を遣いながら金属探知ゲイトを通過する事にしている。