「葬式の心得 - 山口瞳」新潮文庫 礼儀作法入門から

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「葬式の心得 - 山口瞳新潮文庫 礼儀作法入門から

最初に必要なのは死亡診断書

人の死は突然にやってくることがある。そうでなくとも、あと半年は大丈夫だと医者が言っていた病人が急にいけなくなることがある。葬式はマッタナシである。どんな場合でも、誰でも慌ててしまう。慌てるなと言うほうが無理だ。葬式の準備万端ととのえて死者を待つということはあり得ないのだから。
結婚式とはそこが違う。結婚式には充分な準備期間がある。また、若い人の意志で、思い思いに、どんな形で結婚式を挙げてもいい。あるいは、場合によっては結婚式は挙げなくてもいいのだ。
葬式は、やらないわけにはいかない。結婚式は、その人にとって、一生に一度のこととは限られていないが、葬式は、故人にとって生涯一度のことになる。
葬式は宗教のことに属する。仏式で営むか、神式で行なうか、キリスト教に依るか、あるいは無宗教で行なうかということがある。そんなことは、その家の信仰があるのだから、きまっているじゃないかと言う人がいるだろうけれど、案外に、そうではない。そこに日本の特性がある。故人が、死の一週間前に、突然、洗礼を受けるということもあるのだ。
大学生が山で遭難した。その葬式は、葬送行進曲と、故人が好きだったブラームス交響曲のレコードを交互にかけ、献花だけで行われた。私はこれでいいと思う。なぜならば、彼が仏教に目ざめるか、キリスト教に帰依するかということは、まだわかっていないからである。その彼に何かを押しつけることはない。
さて、慌てるなというほうが無理だと書いたが、それは二時間か三時間、せいぜい半日くらいの間であって、取り乱したって少しもおかしいことはないが、その後は落ちついてもらいたい。
葬式の最初は何だろうか。最初に必要なのは、医師の死亡診断書である。当たりまえだと思うかもしれないが、慌てていると、貰いそこなったり、病院の担当医が非番になって帰ってしまったりすることがある。死亡診断書を病院に置き忘れたりすることもある。それがないと埋葬許可証(区役所か市役所で発行される)が貰えなくなり、葬儀社が動けなくなる。
自宅で亡くなるというときに、医師がその場にいない(まにあわない)ときには変死の扱いになる。そういう際には、特に死亡診断書が大切になる。医者にも正確な死因がわからないときがある。脳溢血なのか心筋梗塞なのか。そういう時には、私は便法として心臓発作にしてもらったほうがいいような思う。たとえば、故人が検査を受けない生命保険に加入していた場合など、脳溢血であると、血圧が高いのを隠していたといったように受け取られて面倒なことになることがある。そのへんのところを私は正確に知っているのではないが、医者と相談して、手落ちのないものを作製する必要があるのではないかと思う。新聞の死亡広告で、世間に発表して具合のわるいような病名が書かれているのを見たことがないので、やはり、そういう便法が行われているのだと考えている。
病院で死亡診断書を貰うときは、同時に、担当医にカルテを読んでもらう。特に、最後のところは、何時何分にどうなって、どういう手当てをしたかということが精[くわ]しく記入されているから、これをメモしておいたほうがいい。葬儀の責任者は報告の義務があるのだから。
また、悔みの客に、繰りかえし報告を行なっているうちに、衝撃や悲しみが薄らいでゆくという効果がある。遺族も医者も、出来るだけのことは尽くしたねだということがわかってくる。
棺を蓋[おお]いて事定まる

葬式には莫大な費用がかかる。これをどうするかということで慌ててしまう。また、どういう形式を選ぶかということで困惑する。寺も墓も遠い郷里にある。どうしたらいいか。誰に知らせたらいいか。つまり、葬式の規模をどの程度にしたらいいかということがある。きわめて厄介な問題が次々に降りかかってくるような気がする。
森鴎外の『礼儀小言』に、次のような箇所がある。
「徂徠の『人々以己心所安断之可也』は、訳して云えば『手[て]ん手[で]に気の済むやうにするのが好[よ]い』となる。」
徂徠は荻生徂徠である。彼は、仏葬にするか儒葬にするかという問題について、そう答えたのである。自分のいいと思ったようにすればいい。
私は、この「手ん手に気の済むやうにするのが好い」というのは、葬式にかぎらず、すべての礼儀作法についての根本精神であると思っている。勝手にやればいい。
そう思って心を安らかに保っていればいい。これが礼儀作法の要諦である。
「棺を蓋いて事定まる」という諺がある。死んでみて、はじめてその人の真価がわかるという意味であろうが、これも好きな言葉だ。
葬式には莫大な費用がかかるのであるけれど、私には、葬式によって赤字が生ずるということは、まず考えられない。私は、その葬式に見合うような香奠[こうでん]がくるはずと考えている。
「棺を蓋いて事定まる」という言葉を、そういうふうに解釈する。大きな事業をやっていた人や、交際の派手であった人は、葬式も盛大になる。そういう人には、それに相当した香奠が集まってくるものだ。
葬儀社が、ランク別による定価表のようなものを持ってくる。また、だいたいこんなところだろうというあたりで式を行なえば、それでおさまるのである。すこしも心配することはない。
死亡通知まは、親類の主だった人たち、友人、知人、会社に勤めていれば総務部関係の一人に知らせれば、それからそれへと伝わって、自然に規模がきまってくる。通夜の客が多過ぎるようになれば、葬儀社が庭に仮小舎[かりごや]をつくってくれる。町内会で天幕も貸してくれる。
余裕がなければ質素にやればいい。景気がよければ盛大にやればいい。そういうことも自然にきまってくるものであって、世間体を気にする必要はまったくないと考えている。葬儀用として百万円の余裕があれば、それを使いきってしまえばいい。しかし、そのために借金をするというような馬鹿なことはしないほうがいい。法要とか、悔みの客に対する御礼など、後に、いくらでも機会があると思っていい。余裕ができたときにすればいい。
ただし、現在は、たとえば、戒名のことなどは寺の格によって、院号によって、非常に高価になっているので、そちらの方面に精しい人に相談しておくべきだと思う。
 
香奠返しは不必要

香奠というものは、本来なら、葬儀の手伝い、悲しみをともにわかちあいたいのであるが、諸種の都合によって、それが出来ないので代わりに差し出すという意味あいのものだそうである。したがって、香奠返しというものは必要ないばかりか、そうすることは、かえって失礼に当たると考えるべきである。
よく、香奠・供物・供花はいっさいお断わりという例があるが、それも礼を失することになると思う。私などは、こちらの気持ちを拒絶されるようで、いい感じがしない。
もっともスマートなやり方は、簡単な葬儀の会計報告を行ない、残高を示し、それを、故人の関心に従って、福祉なら福祉、教育なら教育、あるいは自然保護でも何でもいいのだけれど、関係方面に寄付することだと思う。その受け取りのコピーを、いわば香奠返しの形で発送する。そうして、そういうことに理解のない、ウルサイ親類には、形式通りのものを送ればいい。
昭和三十四年に母が死んだときには、私はそんなふうにした。ところが、やっぱり厭なことを言う奴がいるものであって、ずいぶん辛い思いをした。ここで正直に、正確に格と、そのときの私には、普通の香奠返しをするだけの経済的な余裕は無かった。というより、当時、私の家は破産状態で、私の月給二万五千円ぐらいで
八人が食べていたのである。まあ、言いたい奴には言わせておけと思ったが、ずいぶん腹が立った。
昭和四十二年に父が死んだときは、前回のことがあったので、竹茗堂からお茶を送って香奠返しにした。香典の五分の三くらいの金額を見当にした。そのときは、家を買って間のないときで、やはり、余裕といったものはなく、借金が残っていた。しかし、父の入院費用、毎月三十万円から五十万円というものが無くなるので、ホッとするようなところもあった。
翌年、父の一周忌に、女房の発案で、銀座のいづみ屋で小物箱をあつらえて、葬儀に来てくれた人に配った。父は長唄の「時雨西行」が好きだったので、西行の唄本を箱の底に貼った。
そのときは、ちょっと無理をしてしまったのだけれど、母のときのことが頭にあった。そのように、香奠返しというものは、しなくてもいいものだと思うけれど、余裕が生ずれば、いつでも志を伝える機会があると考えている。
先日、ある小説家の机の上に、その小物箱が載っている写真を雑誌で見た。私は、大変に嬉しく思い、ありがたいことだと思った。そうして、その小説家に小物箱を送ったとき、丁寧な礼状を貰ったことを思いだした。