「隠れ里のような本 - 川本三郎」岩波文庫 読書という体験 から

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「隠れ里のような本 - 川本三郎岩波文庫 読書という体験 から

新しい店が立ち並ぶ大きな表通りを歩くのは疲れる。通りに車や人は多いし、誰もが先を急いでいる。  
そんな時、横町や路地があるとほっとする。表通りから身を隠したくなる。にぎやかな表の大通りに比べると、裏通りには、静けさとどこか秘密めいた穏やかさがある。現代の隠れ里のような平穏がある。
昭和十二年に『東京朝日新聞』に発表され、その年、岩波書店から単行本が出版された永井荷風の『濹東綺譚』は、私にとって、現代のにぎやかな表通りの裏に隠れた、隠れ里のような本である。
現代の多忙な生活に疲れた時に、手に取りたくなる。岩波文庫に入っている(木村荘八の挿絵が素晴しい)。百五十ページほどの小品だから二時間もあれば読める。
『濹東綺譚』を読んでいるあいだは、現代社会のことを忘れ、都市のなかの裏通りのような別世界に遊ぶことが出来る。
情報社会のなかで、読書が「いまを知るための勉強」「情報の収集」になっている時、現代のことを忘れることが出来るというのは、実は、最高の贅沢である。
都市生活の良さは、ムラ社会とは違って、いつでも一人になれることである。群衆のなかにありながら、匿名の個人になれる。
仕事の帰り、大人の男が、小さな居酒屋で一人、酒を飲む。周りに人は多勢いても、誰も自分のことなど知らない。家族のことも仕事のことも忘れ、酒を含みながら忘我の境にいたる。孤独を楽しむ。都市生活者のささやかな贅沢である。
荷風の『濹東綺譚』を読むのは、そんな孤独を楽しむ酒に似ている。そこには、現代の喧騒は入ってこない。この小説を読んだからといって現代社会のことがわかるわけではないし、実生活で何か役に立つことが書かれているわけでもない。むしろ無用の小説である。しかし、そこにこそ、読書の喜びがある。


「わたくしの如き時運に取り残された身」「無職の遊民」と自分を語っている。
結婚はしていない。単身者である。「わたくしのような老人[としより]」とあるように年齢は六十歳になろうとしている。
現実社会のなかで前向きに生きている生活者とは対極にある。油気が抜けている。私娼との関わりを描いていながら、この小説には性愛の描写がほとんどない。
「わたくし」は、ただ「お雪」を見る。触るのでもなく、抱くのでもなく、ただ見る。見る人に徹している。無用者であり、かつ、老人であることによって、この距離感が生まれる。
「わたくし」は、私娼「お雪」の生身の身体が好きというより、彼女が作り出す、どこか昔めいた雰囲気、現代の表通りから一歩も二歩も裏に入った私娼街に生きる彼女の「ひかげの女」としての控え目で、慎ましい生き方が好きなのである。
その意味で『濹東綺譚』は花柳小説ともいい難い。老境に入った作者が、「お雪」という若い女性がかもしだす、華やいだ世界を愛[いとお]しむ、女性讃歌の物語である。

舞台となっている玉の井は、作中に詳しく説明されているように、関東大震災のあと、昭和に入って開けた新開地の悪所である。いってしまえば、三流の遊び場所である。
荷風はその場末のなかにこそ美しさ、詩情を求めようとした。にぎやかな銀座や丸の内の表通りよりむしろ、東京のはずれ、隅田川を東に渡った陋巷[ろうこう]のなかに、ちょうど現代の大人の男が、自分のことなど知っている人間など一人もいない路地や横町の居酒屋で瞬時の孤独を楽しむように、静かに慰藉を求めようとした。
現実の身分を隠し、「もう一人の自分」になって、場末の私娼と、まるでおままごとのような男女の関係を作る。
近代人には誰にも、変装願望、隠れ蓑願望がある。日常の自分からいっとき離れ、まったく違った自分になりたいという、自由への思いがある。
「わたくし」は無用者であること、老人であることによって、通常の生活者より、「もう一人の自分」になりやすい。
表通りを歩いている時は、無用者とはいえ社会の常識、他人の目を意識しなければならないが、玉の井のような悪所に入り込めば、普段の自分の衣装は捨てられる。
「わたくし」は、玉の井に行く時には、素性は知られないように変装をする。古ぼけた服を着、下駄をはき、髪にくしを入れない。窮屈な日常から一時逃れ、玉の井という別世界へ姿をくらます。
 
現実の玉の井は、ドブが悪臭を放つ三流の私娼街だったが、荷風は、そこをまるで都市の奥に隠れた夢の里のように描いた。
私娼の「お雪」は身体を多くの男に弄ばれたかもしれないが、心はあくまでも純な「ミューズ(美神)」として描いた。
それはしょせん、高等遊民のいい気なロマンチジズムさ、という冷笑も聞こえてくるが、この小説を書いた頃の荷風が、すでに老境に入り、また、文壇とも離れていたことを考えると、「わたくし」の、玉の井と「お雪」に対する想いは、絵空事ではない、切実なものがあった筈である。
それでも荷風自身、現実の玉の井と、自分が書こうとしている玉の井とは違うという思いがあったのだろう、『濹東綺譚』のなかで荷風は無用者、老い、に加えて、もうひとて技巧を加えている。
現実の玉の井を描きながら、ことさらに昔語りをしていることである。冒頭、映画のことが語られるが、昭和のこの時代にはすでに死語になりつつあった「活動写真」という言葉を使っている。
「お雪」の髪形は、当時、玉の井の女性の多くが洋髪になっているのに、昔ながらの日本髪である。
さらに、「わたくし」の(そして荷風自身の)親しい友人がすでに世を去ったことが語られる。つまり、自分も、もはや現代の人間ではないことが暗示される。「精神的廢人」とさえいう。
随所に、この物語の舞台は、一見、現代(昭和十一年頃)であるにもかかわらず、その現代にはセピア色の過去、昔が入り込んでいる、という工夫がされている。いうまでもなく荷風が好きなのは「今」よりも「昔」である。
小説のはじめのほうにその点で印象的なくだりがある。浅草の興行街で映画館の看板を眺めたあと、「わたくし」は、浅草のはずれ、山谷堀の裏通りに夜遅くまで開いている古本屋に入る。主人は六十歳を過ぎた老人。
「わたくし」に『芳譚雑誌』という明治はじめに出た雑誌を見せる。それを好ましく受取りながら「わたきし」はいう。
「明治十二年御届としてあるね。この時分の雑誌をよむと、生命が延るような気がするね」
昭和十一年頃から振返れば、『芳譚雑誌』は五十年ほどの前の雑誌である。その「昔」に「わたくし」は心を遊ばせ、「この時分の雑誌をよむと、生命が延るような気がするね」という。現代の現実より、昔(近過去)の夢を追っている。
『濹東綺譚』のなかでも、好きな箇所で、ここを読むことによって、ゆっくりと荷風の昔語りへと入ってゆける。
浅草というにぎやかな盛り場のはずれにある古書を扱う店、しかも主人は老人で、同じように初老の「わたくし」が客として入ってくるのを見ると五十年ほど前に出版された雑誌を見せる。そのことによって、一気に、時間が「昔」へとさかのぼる。その「昔」のなかに「雪子」という、現代にはありえないような美しく、慎ましい「ミューズ」が現われる。
『墨東キタン』は、男女の性愛を描く花柳小説というより、慎ましい隠れ里小説であり、現代社会からは消えてしまった「夢の女」を昔に求める過去遡行譚なのである。

「濹東綺譚」は、荷風没後満一年の昭和三十五年(一九六〇)に、「夫婦善哉」(一九五五)、「雪国」(一九五七)、「暗夜行路」(一九五九)などの文芸映画に定評ある豊田四郎によって映画化された。
この映画は、主人公を原作の「わたくし」ではなく、作中人物の種田順平(芥川比呂志)に変えたり(脚色は八住利雄)、いわずもがなの、私娼街の現実描写(荷風が「隠れ里」として描いた玉の井を最後に、リアリズムで「女たちを搾取する町」と描いている)によって原作とは、ずいぶん違っているが、それでも、見ごたえがある。
何よりも美術の伊藤キサク[難漢字]による、再現された玉の井が、裏通りのうらぶれた詩情を持っていること、そして、山本富士子演じる「お雪」が気品にあふれるふくよかな美しさを見せ、まさに荷風のいう「ミューズ」になっていることが素晴らしい。汚れた場所にいるからこそ彼女は美しい。それこそ荷風が夢見た美しさだろう。
もうひとつ。いまこの映画をDVDで見て驚くのは冒頭、隅田川に架かる白髭橋周辺の風景に「昭和十一年」とクレジットが入ること。昭和三十五年の隅田川には、まだ、昭和十一年の「昔」の風景が残っていたのである。

(二〇〇六年五月)