「記録癖 - 別役実」ちくま文庫 思いちがい辞典 から

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「記録癖 - 別役実ちくま文庫 思いちがい辞典 から

斉の大夫崔杼[さいちょ]が、君主の荘公を殺し、その弟の景公を立てて大臣となった。斉の太史が「崔杼、その君を弑[しい]す」と記録した。崔杼が激怒してこれを殺すと、その弟が太史の職を継ぎ、同じことを記録してまた殺された。しかし、もうひとりの弟が三度同じことを記録するに及んで、さすがの崔杼も記録の抹殺を断念した。

太史というのは、史書の記録者のことであり、これはその職にあったものが、史実を記録するに当たっていかに厳正であったかを示すエピソードとして、よく知られているものである。確かにその通りであり、我々は、この太史により史実が正しく伝えられたことを、高く評価せざろう得ないのであるが、同時にまた記録者というものが、代々世襲されてきた本職の記録者であればあるほど、「これほど病んでいるのだ」ということにも、気付かされる。その意味でそれは《記録癖》という病状を知るためのエピソードとしても、以後記録されるべきであろう。
《記録癖》というのは、明らかにひとつの病気といえる。そしてそれは、中毒する。病状が進行すると、ありのままの事実をありのままに記録する、ということに関して、異常に執着し始めるのであり、それを阻止すべく外圧がかかると、禁断症状を起こす。このエピソードにある三人兄弟の太史の末の弟は、兄ふたりが殺されたにもかかわらず記録することをやめることが出来なかったのであり、それをみても、この禁断症状に対する恐怖の大きさがわかろうというものである。
言うまでもなくこの場合の「記録」には、「嘘を書く」ことや「間違ったことを書く」意味は含まれていない。もしそうすることでこの種の中毒症状が癒されるのだったら、このふたりの太史は殺されずにすんでいたであろう。この点が、《記録癖》という病気のやっかいなところだ。どうしようもなく「本当のこと」を書かなくてはいられなくなるのであり、そのためには死の恐怖をも超えてしまうのである。
現在多くの先進諸国においてLSDの服用は法律で禁止されている。それを服用することによって得られる快楽が、死の恐怖を超えるからである。つまり、死の恐怖を超えてしまうことによって、我々は我々が生物であることの限界を突破してしまうのではないかという不安を抱くのであり、「それだけはやめよう」という暗黙の了解が、それらの諸国において成立しているということであろう。だとすれば、同様の意味において《記録癖》というものも、法律で禁止したほうがよい。恐らく《記録癖》のなかにも、LSDを服用した場合と同様の快楽が作用していないはずはないのであり、これが容易に死の恐怖をも超えるものであることは、冒頭に示したエピソードによっても明らかである。
それでなくとも人間は、その抜き差しがたい《記録癖》によって、我々が生物の一部にすぎず、自然環境のなかで他の生物と等価に連絡し、相互に作用しあってきたという事実から、離脱してきてしまったように考えられる。《記録癖》を支える精神そのものが、我々人間を他の生物と等しく自然に委ねるという精神とは、全く逆方向を向くものであるからだ。あらゆる記録は、そしてそれを支える精神は、人間を人間として、それだけ独立したものとして確かめようとするものにほかならない。
 
イギリスには、「人はその生涯において、一本の樹を植え、一軒の家を建て、ひとりの息子を育てなければならない」という言葉がある。そしてこれこそ、人間がまだ《記録癖》という悪習に染まる以前の、生きていくための知恵について語ったものではないだろうか。つまり、「一本の樹」は、その人が生きた時間を示すのであり、「一軒の家」は、その人が生きた場所を示すのであり、「ひとりの息子」は、その人が生きた内容を示すのである。これは記録ではない。しかし、にもかかわらずその人が生きたことの情報は、そのようにして伝えられるのである。
この穏やかな、美しい情報伝達の方法に比較したら、記録するということがいかに利己的な、あさましい方法であるか、誰しも気付くであろう。そうだ、私の言っているのは「日記」のことである。現在はもう、太史という職はなくなったから、多くの人々は《記録癖》という悪習に職業として中毒することから免れているが、ただ「日記」という「おとし穴」がある。「一本の樹」と「一軒の家」と「ひとりの息子」によって、自分自身のありのままを伝えられないと感じとったものが、その種の不信感に駆られて、あさましくも「日記」をつけ始める。そして知らず知らず《記録癖》という病気のうちにとり込まれてゆくのだ。
歳の暮れになって、書店から「日記」を買ってくるのは構わない。我々の多くは既に「一本の樹」や「一軒の家」をもつ余裕はないし、「ひとり息子」や「ひとり娘」だって生まれない場合がある。「猫しか飼ってない」という者は、その猫が自分の死後自分のことを思い出してくれるとは、とうてい思えないかもしれない。従って、思わず「日記」帳を買いたくなる気持ちまでは、誰にも責められないのである。しかし、たとえ買ったとしても、書くのは「三日でやめろ」と言われている。つまり、それ以上書き続けると、中毒するからだ。
「日記」中毒の最初の兆候は、「今日は何も書くことがない」と書き始めることで知られる、と言われている。勿論、論理的に考えれば、「書くことが何もない」などということは、おかしなことである。少なくとも彼は、その日一日生きたのであり、生きた以上「書くこと」もないはずはないからである。つまり彼は、このころから生きることの内容を「書くべき価値のあること」と「ないこと」に区別し始めているのであり、そのように生き始めているということであろう。
「今日も残念ながら書くべきことは何もない」と書き始めることによって、その症状はもうひとつ深化する。殆ど気が付かないことであるが、このとき彼は、「書くべき価値のある」生き方をしなかったことについて、その生き方のためでなく、「日記」のため、悔やみ始めている。そのことが、彼の人生のためでなく、「日記」のために「残念」なのである。
そしてこの病状は、或る日突然、「今日は書くことがあった」と、喜々として筆を運び始めることによって、決定的なものとなる。そのとき既に彼は、生きるために「日記」を書くのではなく、「日記」を書くために生きることを始めているからであり、しかも彼自身、そのことに気付いていないからである。或る女性に結婚を申し込み、断られた男性が、「これで今日、日記に書くことが出来た」ということをつぶやいた、という話がある。言ってみれば彼は、そうつぶやくことによって生物としての人生に別れ、記録者としての人生を歩み始めたのだ、といえよう。
このようにして「日記」中毒は、次第に「書くモンスター」に変身してゆく。もはや彼は、自然を受容し、その条件のもとで黙々と生命活動を続ける生体とは言えない。勿論彼は、カフカが《変身》のなかで書いているように、そうした過程で突然、自分自身が「書くモンスター」という巨大な「毒虫」に変身させられていることに気付くことがある。しかし、そのときには既に遅い。彼は、その事実のなかでもがき、叫び、そのことを他に伝えようとするかもしれないが、書くことでしかもがけず、書くことでしか叫べず、書くことでしか他に伝えられないから、「書かれたもの」が残るだけであって、他の生体や自然環境には、痕跡すら残さない。ただ「日記」中毒という同病者に、相憐れむ手がかりを残すだけであろう。
ここまで考えると「一本の樹」と「一軒の家」と「ひとりの息子」というのが、素朴ながらいかに豊かな内容をもった、「残すべき情報」であるかということが、よくわかる。「日記」中毒者が、つまり《記録癖》に冒された病人が、その過程で常に夢見るのは、このイメージである。そして、既にそれが不可能だと知ったとき、彼らはせめて、ありのままの事実をありのままに書くのではなく、「嘘」と「間違い」ばかり書こうと決意する。言ってみれば、そのようにして彼らは、「記録者」としての自分自身に復讐しようとするのだ。しかし、残念ながらそれは出来ない。多くの「日記」中毒者がこれまで、「隅から隅まで嘘で固めた日記」というものを夢見てきており、幾度となくそれに挑戦してきているが、いまだに成功した者はひとりもいない。古今東西、これだけ多くの「日記」中毒者がいながら、「ひとりもいない」のである。なかな、ほんの少し「嘘」をまじえることに成功した者はいるが、大部分は「本当のこと」を書いてしまっているのである。
「書こうとすると、どうしても正直になってしまう」という、この抜き差しがたい習癖は、恐らく神が我々の「書くこと」に対して下した罰なのであろう。どうしようもないのである。「日記」の余白に、「日記やめますか、それとも人間やめますか」と刷り込んでおくべく法制化したらどうであろうか。いくらか効果があるかもしれない