「西伊豆のづけ丼 - 吉本隆明」ちくま文庫 お~い丼 から

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西伊豆のづけ丼 - 吉本隆明ちくま文庫 お~い丼 から

今年の夏も去年とおなじに西伊豆の土肥海岸に出かけた。泳ぎに出かけたと言いたいところだが、残念なことに脚力が回復ぜず、ただ水際の砂地を歩いているだけで、ひとが泳ぐのを眺めていた。医者の与えた検査の結果は、背骨の尻から数番目あたりの椎骨のあいだが歪んで神経を圧迫していることと、糖尿病性の神経障害の相乗作用だということだった。わたしの方からは、八十歳すぎのおばあさんのように、脚力が弱っていて、おもに気になる不自由さは、足の指先と足の底の感覚がにぶくなり、とくに足のふんばりが疲れると利かなくなったり、身体が前後に不安定になってしまうことだ。
医者は大病院ほど、日常の不自由さをどう回復するか、何をリハビリテーションとしてやったらいいのか、常識以上には教えてくれない。じぶんで工夫し、試みるしかない。泳がない(泳げない)ままに、ひたすら熱くなった砂地に足を埋めたり、歩いたりして過ごした。足弱になった老婆や、松葉杖の身障者の不自由さ、もどかしさを実感によって確かめたいというのがひそかな課題だった。こんな状態での唯一の解放感は、どんなもどかしく、苛立たしく、辛い感じでも、自分のペースで平静に歩く感じのなかにしかない。耐えよ、頑張れと心の中で言い聞かせても、知友たちに世話をかけるのを免れない。これは俄か足弱には心の負担になることをどうすることもできない。

ところで、もう一つ収穫と言えることがあった。土肥には海岸線近くを半島のつけ根の沼津から半島の先端近くの堂ヶ島のあいだを往復する快速挺の発着場と、土肥と田子の浦を往復するフェリーの発着場がある。誰かがフェリーの切符売場の二階にある食堂と休憩場をかねた場所で食べさせてくれる「づけ丼」というのは美味い、ぜひとも食べにいった方がいいと言う。出かけた者は異口同音の感じでうまかったという。わたしもリハビリがてらに出かけようとおもった。毎日ビーチ・パラソルを二つほど並べてシートのうえで買ってきてもらったノリ巻とか焼そばとかのパックで昼食をすませていたので、ぜひとも「づけ丼」の昼食にありつきたいものだとおもった。
自転車を引っぱって坂路をのぼり、迷ったりしてやや途惑いながら、フェリーボートの休憩所にたどりついたて。
「づけ丼」と生ビールを注文する。「づけ丼」は三種類あって、次のようなものだ。
1、かつをづけ丼
2、とんぽまぐろづけ丼
3、ミックスづけ丼
わたしが注文して食べたミックスの「づけ丼」の内容はづきのようなものだった。
生かつを片(醤油づけ)
生とんぽまぐろ片(醤油づけ)
この二つを半々に丼飯の上にのせ、それに甘味(たぶんミリンと何か)とゴマを混合した醤油をかけたものだ。
わたしは東京浅草のすし屋で醤油づけのまぐろをのせた握りずしを食べたことがある。そして江戸時代には、まぐろのすしは、この醤油づけのまぐろの具をのせたすしだったという話を聞いた。格別生まぐろだけのすしより美味いとはおもわなかったが、たぶんまぐろを醤油につけておくのは、生まぐろの腐敗を防ぐ保存法だろうとおもった。
土肥の「づけ丼」は、まさにそれを特徴として、かける醤油味をミリンで甘くしているのだとおもった。
フェリーボートの食堂で出てきたミックスの「づけ丼」は、これにカニ味をだしにした味噌汁とおしんこがつき、それが終ると小さな丼に少量のご飯とかつをとまぐろ片と醤油味で、茶漬のお茶を注いでくれる。最後はお茶漬けという趣向だ。
わたしはかつて西の方で、これ以上不味い名物の食べものはないとおもった茶漬けに出あったことがあったが、西伊豆土肥で食べた「づけ丼」と「づけ茶漬」は今まで食べた名物のうち、これほど美味いとおもったものはないほど、美味だった。本年前半で食べた最も美味しい食事だった。
なぜこの「づけ丼」が美味いが。目立った理由はすぐ二つあげられる。ひとつは「づけ丼」の最終の味をおおきくきめている甘辛醤油の味と濃さが適切で、絶妙といえることだ。わたしには醤油とミリンとゴマの混合味しかわからないが、何かかくし味がしてあるかもしれない。もうひとつは味噌汁の味噌の味とカニのだしが惜し気もなく高度なことだ。
この「づけ丼」の後がわには、力量のある料理人がいるようにおもわれた。全体が長方形のお盆のなかにおさまっている完結感とひきしまった次元の美味とは、そういう推測をさせるものがある。また食べ方の工夫として言えば、「づけ丼」が食べおわったあとで、声をかけて呼んでくれればお茶漬け用のお茶を注ぎにゆくというやり方、わたしは近年これだけの簡潔で美味しい食べものを食べたことがなかった。
テレビの番組でこの頃よく俳優さんが、各地のよい風景をわたって土地の単純で素朴な料理を食べ歩くのがある。海べもあれば、山奥もあり、古い名所の都市の特徴を出した料理もある。あんなもの美味いはずがないとおもうような料理をまえに、美味いと言ってみせる表情と語調が、やや誇張されて伝わってくる。そして概していえば、こういう番組のモチーフは、複雑で高度になった味に慣れてしまったわたしたちの味覚に、原始的な生[なま]の味のよさを、再認識させるところにあるような気がする。プロの料理人の料理番組が、味の複雑さ高度な繊細さを競うようになった半面で、あまり手を加えずに生の素材の味をできるだけ露わにした料理にたいする欲求のようなものも、求められているのだとおもう。
味覚はおもに触覚の延長線で考えられる本質をもっているとかんがえられる。そして味つけやいろいろな種類のソースのたぐいは、生の食材の触覚にたいして、味の形と舌触りの感じの両方から、食材の触感をより繊細にしたり、味のヴァリエーションをつけるものようにおもえる。料理に複雑さや繊細さをつけ加えるためのさまざまな工夫は、この見方からすると、どこまでも多様化してゆくにちがいない。だが結局は生の食材の味が料理の根幹だとすれば、できるだけ生のままの味を保つことが、美味いということに叶うものだという考え方もまた、いつまでもなくならないような気がする。
生のままの食材からそれを、焼く、煮るという処理法を見つけだしたことは、食生活の文明化の象徴だった。そして「漬ける」、「腐らせる」(無害のまま)という長期保存法が見つけ出されたことは、食生活の現前化、反覆に耐える加工法を見つけだしたことを意味する。これは未開、原始から未来まで貫かれる食材の永続化を見つけだしたことを意味する。納豆、魚のくさや、塩辛、梅ぼし等々。まぐろやかつをの「づけ丼」は、この系列に属する食べもので、すくなくとも生鮮魚類の醤油づけの保存法は、室町期以後くらいまで遡れるし、またこれからも存続できるとおもう。西伊豆土肥のフェリーボートの休憩食堂で食べた「づけ丼」は、その装いが原始性と現在性を丁度具えた醤油だしの甘味の適切さを、わたしの舌にのこした。脚力が回復したら、じぶんでつくってみたいとおもったりした。