(巻二十四)菜の花や象に生まれて芸ひとつ(佐藤博美)

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2月14日金曜日

歯医者に予約をしていたので新柏へ出かけた。
奥歯の隙間の治療をしていただき、一回で終了いたした。掛かり付けのお医者さんは変えたくない。

何となく湿った心持ちで、さっさと地元に戻った。
何となく重苦しい心持ちで「吉楽」に入り鍋焼きで一本呑んだ。本当は「日高屋」で餃子で一本つけたかったが、口臭に耐えられないという抗議があり食えなくなった。

鍋焼きや舌で転がすトッピング(駄楽)

おまけに、買い物を忘れて帰宅し叱られた。自己嫌悪。

本

気に入らぬ風もあらうに柳かな(仙ガイ和尚)

の仙ガイ和尚が記した 『老人六歌仙』を 渋沢秀雄氏が注釈した随筆を読みました。

「 老人六歌仙 - 渋沢秀雄」文春文庫 巻頭随筆1 から

《一 「しわがよる ほ黒が出ける 腰まがる 頭がはげる ひげ白くなる」現実曝露の悲哀で、身につまされることばかりだ。若い読者にはぜんぜん関係ないと思うだろうが、若者も生きている限り老人にならざるを得ない。先物を買うつもりで、味読していただきたい。
二 「手は振るう 足はよろつく 歯は抜ける 耳はきこえず 目はうとくなる」いよいよ心細くなってきた。老いが身にしみる。
三 「身に添うは 頭巾襟巻 杖目鏡 たんぽ(湯婆)おんじゃく(温石)しゅびん(溲瓶)孫子手(麻姑の手)」頭巾襟巻杖もナイトキャップ、マフラ、ステッキと呼べば、いくらか若返って聞こえる。目鏡はむろん老眼鏡だ。
ところで足の冷える私は、秋の末から湯タンポのご厄介になる。温石は今の懐炉だ。私も寒中には溲瓶を使う。温かい寝床から、急に冷たいトイレへゆくのは、高血圧の人には危険だという。私は高血圧でないから危険は少なかろうが、それでも蒲団からでずに用が足せるのは有りがたい。不精者には溲瓶さまさまである。
四 「聞きたがる 死にとむながる 淋しがる 心は曲がる 欲深うなる」どうも哀れだ。「聞きたがる」は知識欲旺盛の意味ではなく、この場合は自己中心的好奇心を指すのだろう。そして「欲深うなる」も、事業欲みたいな規模の大きなものではなく、俗にいう「死に欲」の類と見るべきだと思う。 
五 「くどくなる 気短になる 愚ちになる 出しゃばりたがる 世話やきたがる」くどくどなるから簡潔な言動を物足りなく感じる。気短だからカンシャクをおこさやすい。愚痴っぽいのは、事物の短所ばかり見るからだ。出しゃばり、世話やき、共に相手の立場や思惑[おもわく]を無視する自己満足。老いたる相談役が社長時代の惰性で、余計なサシズをしたり、姑が嫁をいびったりするのも、おおむねこの心境のさせる業[わざ]らしい。
六 「又しても 同じ話に 子を誉める 達者自慢に 人はいやがる」記憶力の減退に反比例して、自己主張は強くなるから、同じ話を幾度もくり返す。酒に酔った人によく似ている。つまり年に酔っぱらうのだろう。そしてほかに自慢の種もないから、子や孫を誉めたり、自分の健康を誇ったりする。 》

読んで、体の老いも辛いが心の老いの辛さを感じる。

いいことを考えよう。

いいことは探せばてくる種袋(駄楽)

家族みんなが健康である。
家庭内の心配事があまりない。夫婦円満とは言えないが、家庭内別居というようなことではなく、飯も向かい合わせ食べている。息子は独立していて、愛想は全くないが困ったこともない。
金が有るわけではないが、おじいさん成人女性も貧乏人の出だから、贅沢を知らない。慎ましく暮らしているので、いまのところ何とかなっている。
これらのいいことを感謝します。

成人女性はまだ生きていたいようだが、おじいさんはもうどうでもいいと思っている。だが、まだ自分では死ねない。怖いから死ねないので未練や無念や残念や悔いがあるわけではない。
観念しなくてはならないときがきたら、観念するしかないのだろうが、観念できるだろうか。『キュープラー・ロスの五段階』をあたしはどう経て観念できるのだろうか?
観念できるなら、つまりうまく諦められるなら、観念してみたいという心境で日々を送っている。

往生の語をもてあそぶおでん酒(小林康治)