(巻二十四)立読抜盗句歌集

(巻二十四)立読抜盗句歌集

戦力外の通知受けたるかぶと虫(横坂けんじ)

即死ゆえ苦痛なかりし人と言ふ死にしことなき者はかく言ふ(高野公彦)

紫の匂袋を秘ごころ(後藤夜半)

さりながら人は旅人山法師(福神規子)

たんぽぽの絮吹いている車掌かな(奥坂まや)

稲無限不意に涙の堰を切る(渡辺白泉)

寄鍋を仕切るをとこのいるもよし(近藤庸美)

大皿に向きを揃へて柏餠(小圷健水)

さりげなくひとと競へり潮干狩(黒坂紫陽子)

残る虫ふとこの仕事何のため(岡本眸)

敵ばかりわれには見えて壮年と呼ばるる辛きこの夏のひかり(永田和宏)

バカだなと目が言うホットウイスキー(火箱ひろ)

梅雨暑し女子プロレスの阿鼻叫喚(吉屋信子)

名月や橋の下では敵討ち(野坂昭如)

立夏わが女子学生のアメリカ語(鈴木六林男)

酒好きに酒の佳句なしどぜう鍋(秋元不死男)

老臭は死臭の希釈みづからに嗅ぎつつ慣れむ死にあらかじめ(高橋睦郎)

今ここで死んでたまるか七日くる(山本有三)

大丈夫と言ってしまいし霙(みぞれ)かな(池田澄子)

甚平に酔ひ潰れるという手あり(小豆澤裕子)

旅人と我名よばれん初しぐれ(芭蕉)

大年の力づけつつ夫婦かな(滝井孝作)

棒グラフ張り替へ仕事始めかな(山本昌英)

うつむいて歩けば桜盛りなり(野坂昭如)

百歩ほど移る辞令や花の雨(矢野玲奈)

里人の寄り合ひ多き春隣(小林景峰)

屠蘇一献妻に感謝のぎこちなく(藤野重明)

八月の大病院の迷路かな(中込誠子)

金銀の紙ほどの幸クリスマス(沢木欣一)

極道の隣に食べる夏料理(三浦北曲)

三十を老のはじめや角力取(樋口道?)

均一の古書を漁りて風邪心地(遠藤若狭男)

万歩計すこし怠ける神の留守(高橋青矢)

あいまいな空に不満の五月かな(中澤敬子)

水洟やことさらふかく争はず(望月健)

女体とは揺れ異なれる桜かな(小林貴子)

携帯でつながっている春夕べ(田口茉於)

統計的人間となりナイター(中村和弘)

息白く両手にゴミの家長かな(峠谷清広)

歳月を馬に曳かせて油売り(内田真理子)

真つすぐに生きる途中の茶髪かな(愛甲敬子)

このあたりホテルばかりの白夜かな(久保田万太郎)

さりながら腹はへりけり山桜(東渚)

冬晴の感謝で始む祈りの語(田川飛旅子)

味噌豆のよく煮え女左きき(杉山あけみ)

勝ち負けをすぐ云ふをとこ茗荷の子(恩田侑布子)

春闘なし貨車に手を振る子等もなし(塚越秋琴)

草の餅心少うし弱き時(橘玲子)

江戸のこと少し問ひたき桜かな(小川弘)

清貧と云ふには遠し目刺焼く(池田雅かず)

居酒屋の昼定食や荻の乱(小澤實)

仕事よりいのちおもへと春の山(飯田龍太)

くらがりに悪を働く油虫(山口波津女)

さまざまな事忘れゆく桜かな(釋蜩硯)

一卓に読み書き食事室の花(たかむら翠)

水桶の水に浮かべて春の月(ベール ウィストベリィ)

一憂の去りてすかさず夏の風邪(福山英子)

物捜がす机の下や冬籠(会津八一)

ありていに言へば下手なり燕の巣(松野苑子)

振込機に命ぜられをり日短か(江中真弓)

露の世の酒と煙草を断つ余生(赤川静帆)

寄鍋や豊かにくらす月はじめ(黒坂紫陽子)

大丈夫づくめの話亀が鳴く(永井龍男)

臨終の感謝の言葉露の世に(稲畑汀子)

射的屋のむすめものぐさ秋祭(小沢信男)

詮ないとなにも云わずに別れたがいずこに老いて此の月を見る(瀬恒正)

神のみぞ知ることの多すぎる春(稲畑廣太郎)

輪踊の上手ひとりに崩れけり(国井美代)

春惜しむ銀座八丁ひとはひと(中里恒子)

芸が身を助けずしかも好きで下手身は立てもせで浮名のみ立つ(原武太夫盛和)

真剣に見てはいけないわらび餅(奥山和子)

ナイターや議論つきねど運尽きて(水原秋桜子)

兜町足から枯れていく男(秋尾敏)

耳鳴の続く昼間や春寒し(平田幸子)

駅弁を食べたくなりぬ秋の暮(高浜年尾)

知の森に迷ひて涼し古書の市(山崎茂晴)

出陣のごとき身支度火の見番(西村周三)

減塩の腰抜汁や隙間風(高橋茶梵楼)

仕上りに水張る桶屋十二月(穂苅富美子)

自分史に粉飾少し蔦紅葉(高橋和彌)

木枯の吹き残したる星座かな(七井二郎)

指揮棒の上がりて咳の止みにけり(佐藤孝安)

眉寄せて日向ぼこりの下手な人(奥坂まや)

働いてきた顔ばかり花見酒(山口耕太郎)

花は葉に肩書捨てし男かな(山下しげ人)

草・蕨・鶯・桜・餅の春(山岡猛)

合席も淋しき人かおでん酒(原田青児)

春愁の男厨は演歌かな(宮利男)

蟻二匹ゆくあてありて右左(安楽つねみ)

菜の花や象に生まれて芸ひとつ(佐藤博美)

革命は遂に起らず寒椿(新納科村)

ふと忘る暗証番号夏の果(青木繁)

ぶらんこををりて喧嘩に関わらず(行方克己)

突然の吹雪おんなのヒステリー(三猿)

癇癪よ小言よ金よ年の暮(尾崎紅葉)

外套と持物ひとつが革命家(筑紫磐井)

風光る路上の喧嘩見て過ぎぬ(原子公平)

しやぼん玉はじめ遠くへ行くつもり(明隅礼子)

もつ煮込む音を間近に新走り(斎藤博)

月おぼろ痒きところへ手がゆかず(八田木枯)

今日のやうな明日でありたき寒夕焼(日下節子)

はじめから毒茸と決め一瞥す(山田弘子)

退路なき台風あはれとぞ思ふ(中原道夫)