(巻二十五)しぐるるや堀江の茶屋に客ひとり(芥川龍之介)

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(巻二十五)しぐるるや堀江の茶屋に客ひとり(芥川龍之介)

 

三月一日日曜日

 

この気持告げる三月しまう三月(林家たい平)

 

この句はよろしいですなあ~。

 

(顔本)

One paragraph essay clubにマレーシアの方から参加申込みがありました。これでメンバーは18人になりましたが、メンバーからの投稿はお一人を除いてなしです。もっとも扇動するようなものを載せられても困りますから、暫くは無風もこれまた由といたしましょう。

 

(細君)

細君は開店前に生協に出かけた。すでに40人ほどの列になっていたという。トレペーとティッシュに並んでいたとのことだ。収まりませんなあ。

肉など生鮮食品は特に変化なしだそうです。

 

(細君)

朝日俳壇を届けて呉れながら、「4時のラジオニュースのトップは何だと思う?場所は仙台よ。」と振って来た。

「下船者からの拡大か?嫌な報せはごめん蒙りたいな。」と返すと、

「そうじゃないのよ。総務省の仙台の電気通信なんとか局長という人が下着泥棒で捕まったというのが4時のトップニュースなのよ!五十八歳だって。」と嬉しそうに告げるのである。明るいニュースとは言えないが、これだけ暗く重苦しく、徐々に絞め付けられるニュースが続いていると、お役人さんの下着泥棒のニュースにホッとする。

 

こころもち向き合ふやうに雛飾る(仁平勝)

 

(散歩)

禁止された午後の散歩が解禁された。ただし生協とかスーパーに立ち入ることは禁止であります。

図書館に入るつもりはありませんでしたが、前を通ると本日から一ヶ月は休館と貼り紙が出ていました。まあ、当然でしょうが、毎日来て新聞を読んで屯していた老人たちはどこへ流れて行くのだろう。

 

(読書)

「養老訓抜き書き - 養老孟司新潮文庫 養老訓 から

 

を読んでみました。古本屋で260円で仕入れた文庫ですが、割高感があります。

 

家は広いほうがいいか

 

「お金を使わない」という幸せ

 

不信は高くつく

 

の三章をコチコチしてみましたが、そうですねと思うところもあり、そうはおっしゃいますがというところもありです。

 

《 今の日本では老人がやたらに金持ちです。その背景にあるのも、老後不安でしょう。ところが、老後といっても本人たちが思うほど長くはありません。だからもっとどんどん使ってもいいのだけれど、不安があるからそうはならない。それで貯金を持ったまま死んでいる人がたくさんいるのではないかと思う。結局、残されたお金を政府が使ってしまいました。郵便貯金です。》

 

この《本人たちが思うほど長くはありません》ですが、尻が見えていないのでどうしようもないわけです。

 

どのくらい刻がわたしにありますか

知ってはならぬことは知りたし(田中武彦)

 

《 高級な介護老人ホームに入ろうと考えたとします。しかしそこに前金で何億円も払ったとして、約束を守ってくれるかどうか、疑えば不安になるでしょう。じゃあそのために保険として弁護士にお金を預けたとして、今度はその人を信用できるのか。

不安が連鎖するときりがありません。不信は金、コストがかかるものなのです。

私は人を信用するのがいちばん安い、結果的に得をする道だと思う。

もちろん誰も彼も信用する必要はありません。それではオレオレ詐欺に引っ掛かり放題ですからね。でも自分が信用できると思った相手はきちんと信用する。》

 

ともおっしゃっていますが、不信と不安は死ぬまでついて回るのではないでしょうか。

 

絶対の安堵に死とふ涼しけれ(密門令子)

 

この句を頻繁にご紹介していますが、これが核心だと思います。

 

この句のほかにも死による不安からの解放を望む句は結構あります。そう言うことを十七文字で言えてしまうのが素晴らしい!

 

遣うことなく遺された金は幾らかでも不安を軽くするためのコストですね。社会・経済の全体から見れば好ましくないのでしょうが、そうおっしゃってもというのが高齢者です。遺されたものがあれば残された方々が循環させてくれるでしょうから、一時的な滞留ではないでしょうか。

 

死金を一壺に蓄めて紙漉婆(近藤一鴻)