1/4「アフリカ沖にマグロを追う - 北杜夫」中公文庫 どくとるマンボウ航海記 から

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1/4「アフリカ沖にマグロを追う - 北杜夫」中公文庫 どくとるマンボウ航海記 から

一九五九年の初日の出はちょうど北回帰線上で迎えた。ヴィリアシスネロスの沖合である。
船はエンジンをとめて薄明の洋上に漂っている。やがて東の海上に朱色が流れると、見るまに真紅の平たい円盤が水平線の彼方にせりあがってきた。雲一つない、海と太陽と空だけの、異様なまでに単純化された景観である。かなり早く昇る。その姿がすっかり水平線を離れてしまうと急に眩ゆくなり、燃えあがる輝きを凪いだ海面にながした。
ここ二三日、空は雲というものの存在を忘れてしまったようだ。突きぬけるように青い丸天井の下で、海は南下するに従ってその濃さを増してくる。地中海では冬姿だったのがもう完全にポロシャツ一枚で、日ざしに出ると肌がじりじりするのがわかる。快い暑さである。 
明日から操業開始というので、元旦一日は漂泊したままのんびりした刻[とき]をすごした。正月料理をパクつきながら、コステロ氏がしきりと額と腹を押してみている。何のことかと思って聞くと、彼がいつも乗っているマグロ船では漁がはじまるとろくに寝る閑もない。飯を食べながらいつの間にかトロトロ居眠りをしている。ハッとして目ざめると、もう何杯食ったのか、食べたのか食べないのかもわからなくなってしまう。だからこうして額と腹を押しくらべてみ、双方が同じ硬さになったら食べるのを中止する由。

マグロ延縄[はうなわ]漁は暁方の四時に始まる。まだ暗闇に包まれた船尾で、灯火の光を頼りに次から次へと冷凍のサンマが?につけられて海中へ投げこまれてゆく。二十マイルの長さにボンデンという浮子をつけた幹縄が流され、これに四十メートル間隔に八百本の枝縄がたれ、その先に?がついている。ながし終るのに二時間かかるが、本当のマグロ漁船だとこの二倍以上の縄をおろすそうだ。 
縄をながし終ると、船は標識にそって引返し、午前十時から縄をあげはじめる。この船では午後の二時か三時には縄をあげ終り、獲物の処理も四時頃には終ってしまうが、普通のマグロ船だとときには夜中までかかるそうで、ろくに寝もせずに次の縄入れになる。
いよいよ操業が始まったので、私はメス、鉗子、縫合針などをすっかり消毒し、今にも足がちょんぎれたり首がちょんぎれたりした怪我人が現れるのかと待っていたが、一向にその気配がないので、ブリッジに行って下の甲板を眺めた。縄巻揚機[ライン・ホーラー]が勢いよくまわり、やがて次ぎ次ぎと黒紫色にかがやく大きな魚が甲板にひきずりあげられてくる。跳ねまわる奴を掛矢で二撃三撃するとようやくおとなしくなる。私の横にいた船長が意地わるくも言った。
「ドクター、あれは何です?」
私は丸のままのマグロなんか見るのは生れて初めてなので、仕方なく、
「マグロのたぐいでしょうな」
「何マグロです?」
「ビンチョウですね」これは図鑑で名前だけ覚えておいたのである。
「どうしてです?」
「ビンが長い」
「ビンとは何です?」
「.....」
「ビンとはヒレのことです。それにあれはキハダです」
これでは生物学主任の面目丸つぶれである。かくてはならじと私は怪我人を待つのは中止して甲板におりてゆき、マグロの脳天にポンコツを喰わすのから、エラや内蔵をとりのぞくのから、一通りのことはやってみたから、今では大抵の陸[おか]の人間よりはマグロ通になっていると思う。操業中は刃物を扱うので小さな傷はちょいちょいあったが、縫うほどの怪我は一度もでなかった。やはりあんなドクターのいるところでうっかりケガでもしようものなら忽ち惨殺されてしまうにちがいないと、船員たちも緊張していたせいであろう。