「病院通い - 上田三四二」文春文庫 89年版ベスト・エッセイ集 から

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「病院通い - 上田三四二」文春文庫 89年版ベスト・エッセイ集 から
二週間にいちど、癌研の泌尿器科に通うようになって、三年がたつ。中に三カ月におよぶ再入院の期間をはさんでいるが、厄介な、重い病気の術後の経過としては、予想をこえた上首尾といわねばならない。
術後の管理を終って退院を許されたとき、私は亡き数に入ることをまぬがれた身の幸いに深く感謝したが、蘇[よみがえ]ったいのちの先を三年向うに見るなどとは想像のほかだった。終生の病院通い、毎日の服薬、仕事はこれまでの四分の一見当、そういった心細い日常ながら、疲れやすいことを別にすればどうという苦痛もなく日を亘[わた]ることのできるのは、何という仕合せだろう。
隔週の火曜日、九時半に家を出て十一時前に病院に着く。毎度妻が付き添うのは足許が危ういせいもあり、またそれが夫婦のささやかな外出の楽しみともなっているからである。一時間あまり、時には二時間ほども待って、診察は顔をみてもらう程度ですみ、月にいちど採血のため検査室にまわる。薬をもらい、支払をすませると一時を過ぎるのが例で、池袋のデパートでおそい昼を取り、ちょっとした買物をして帰れば夕方ちかい。銀座に出たり、美術館に足をのばしたりしたこともあったが、再入院わしてからはそれも億劫[おつくう]で、すぐにも疲れるので、ついでの買物をしたがる妻をせきたてて付添いの本分に立ち返らせ、帰りをいそぐようになった。
前立腺のものは骨への転移がおそれられている。血液の諸検査のほか、半年ごとに“骨シンチ”と呼ぶ同意元素を注射する検査があって、指定された日の早朝に家を出て半日を病院に過ごす。どの検査も結果はつぎの定期診察で知らされ、異常がないと聞かされて帰るときの気持はかくべつである。もっとも、主治医の言葉をすっかり信じることもならない。病気の性質上止むを得ないところもあり、これまでにも経験のあるところだが、本当に悪ければ薬がかわったり、入院をすすめられたり、何らかの反応がある。ひとまずは安心し、「まだしばらくはいける」と思う。賑わうデパートの“食堂街”で天麩羅やうなぎを人並みに食う気になるのはそういうときだが、すると覿面[てきめん]に夜の食事にひびく。何はともあれ、「寝るが極楽」の身上ゆえ、帰ればすぐにも横になって一寝入りする。
つらいことは忘れるものだというが、そのとおりだと思う。癌研の敷居を跨[また]いでも、発病のころの不安や、不安が次第に現実性を帯び、それももっとも恐れていたかたちのものになっていったときの悲痛な胸のうちなどは、ほとんど思い出すことができない。忘れられるから生きられるのだと思う。いや、忘れられるわけはない。それらの逐一は、入院、術前検査、手術、術後とつづく、逃れたく、逃れようもなく、そして二度と体験したくないつらい日々へと引継がれ、濃い情動の色に染まりながら記憶の底に沈んでいる。記憶は、浮きあがり、訴えようとするだろう。が、それは大方いつも、何かによって押し込められ、癌研というその体験の現場に臨んでも、いまの私のような再々の訪れではなおさら、めったに想起の引金になることはない。何かによって - 記憶を押し込む、その何かとは何か。私はそれを生きる意志と呼ぼう。意識にはのぼることのない意志であるから、本能とと呼ぶのがよいのかもしれない。
そのような記憶の一つ、上野に夜桜を見にいったときのことを、暗箱の底をさぐって取出してみよう。病気が動かしがたいものになって、夏に手術を受けた年の春である。
頻尿が心配で外来を訪れたのはその前年の冬のころであったと思う。前立腺の腫大[しゆだい]はいうほどのことはなく、半年後の受診を約して一応の安心は得たものの、頻尿と尿道の奥の排尿時における沁みるような感じはつづいて、春のころには、どうかすると血が混じっているかと思われる尿の色を気にしたりしながら、再診を乞うのがこわく、何事も気のせいと自分をごまかして、一日一日をやり過ごしていた。今になっつ思えば、わが怯懦[きようだ]は声をあげたくなるほどのものだが、私は自分から目をそらし、逃れようとし、一方では手遅れだとする深い怖れに苛[さいな]まれていた。身と心の疲れは人の目にも映るらしく、言葉に出して心配してくれる人もいて、怖れはつのるのだった。
夜桜見物は覚悟の花見という気持があった。夜桜の下で、ぼんぼりの光に浮いて、弁当を開く。いちど、そういうことがしてみたかった。妻と二人、にぎやかな車座と車座のあいだに小さく場所をとって、しずかに酒を呑んだ。桜の山は人の山がいい。あたりは騒々しければ騒々しいほどいい。そしてこころはしんしんと寂しかった。花が散り、隣りの連中が酔にまぎれて枝を揺さぶると、満枝の花はたまらずふぶきと降りかかって、喚声が沸き、花は膝の上の折詰にも散った。 
村上華岳の初期の作品に、「夜桜之図」と題する、とろりとして、男女ことごとく狐に化かされたか、それとも尻尾でもありそうな、妖[あや]しい感じの一枚がある。
その感じだった。私は花に疲れ、花に憑かれて、正気をうしなった。以来、病気が確定したときも、入院と手術のときも、外来治療に移って三年になる今日ただいまも、狐に化かされつづけているのだと思うことがある。そして誰かが、肩に手を置いて、「君は無病だよ、息災だよ」と言ってくれる日を待つ気になる。それが、ほかならぬ、息の止む日だと、知っていながら。