(巻二十五)立読抜盗句歌集

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(巻二十五)立読抜盗句歌集

臨終の一と声「ああ」枯世界(池禎章)

春宵や故人ばかりの映画観る(山戸暁子)

春日傘ひそかに杖とたのみけり(吉田正男)

善悪の玉の浮世の狸汁(上村占魚)

しぐるるや堀江の茶屋に客ひとり(芥川龍之介)

一葉忌舞妓の通ふ英語塾(荒井書子)

夕ぐれに申し合せて蛙かな(文皮)

渡鳥視るマネキンの無表情(曽我部東子)

春愁と怠け心の分け難し(野坂紅羽)

如月の金の届きし書生かな(前田普羅)

気を張らぬ暮し好もし籠枕(松尾緑富)

小春日や杖一本の旅ごころ(村越化石)

栗鼠を呼ぶなんと貧しき英語にて(対馬康子)

本当は運のいいだけ目刺焼く(梅原昭男)

三寒の風の残りし四温晴(山内山彦)

詰め込むや茄子のはみ出る鍋の蓋(寺田寅彦)

足るを知るそう言われても青蛙(川辺幸一)

白玉や無理に忘れることもなし(宇佐美ちえ子)

大川の上げ潮時や鳳仙花(後藤章)

邪魔なれば暇出されたる枇杷の種(中原道夫)

楪(ゆずりは)や和菓子屋辞める決意して(町田敏子)

木の匙に少し手強き氷菓かな(金子敦)

穴まどひ今日が明日でもよい立場(佐伯虎杖)

復唱の英語かたまりとぶ夜学(大橋敦子)

尾頭に分けて二人に足る秋刀魚(尾亀清四郎)

親方の親切に泣き夜なべかな(高浜年尾)

正一合屋台に春を惜みけり(橋本栄治)

顔に似ぬ発句も出でよ初桜(芭蕉)

初しぐれ鳩は胸より歩き出す(久留島春子)

ここちよき死と隣りあひ日向ぼこ(鷹羽狩行)

六月の手応えうすき髪洗ふ(久野兆子)

足許を見る商ひや花めうが(中原道夫)

安楽死出来ぬ桜が地吹雪す(金子徹)

鍋焼の屋台に細き煙出し(富永ひさし)

敬礼の上手と下手は生まれつき(藤後左右)

非常口に緑の男いつも逃げ(田川飛旅子)

無駄足と云はず乏しき梅を見る(小路紫峡)

日脚伸ぶ指しては戻す詰め将棋(漁俊久)

サルビアを咲かせて老後の無計画(菖蒲あや)

かうしては居れぬ気もする春炬燵(水田信子)

黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)一騎駆けゆく花月夜(角川春樹)

ものわかりよくて不実や泥鰌鍋(佐藤鬼房)

にんげんは面白いかと冬の猫(矢島渚男)

悪評や垂れて冬着の前開き(秋元不死男)

みこまれて癌と暮しぬ草萌ゆる(石川桂郎)

行く道の細らばほそれ山ざくら(嬉水)

挨拶の陳腐なれども初扇(阿波野青畝)

止まることばかり考へ風車(後藤比奈夫)

不器用は如何なる罪ぞ五月闇(鵜沢博)

落雷の一部始終のながきこと(宇多喜代子)

秋風や酒で殺める腹の虫(穴井太)

願ふより謝すこと多き初詣(千原叡子)

伸びるだけ伸びる寿命へ納税期(有馬ひろこ)

不満げな妻の相槌走り梅雨(本杉康寿)

一生の疲れのどつと籐椅子に(富安風生)

日盛や動物園は死を見せず(高柳克弘)

去年今年同じ速さで寿司回る(寿々木昌次郎)

晩年の思い始めは蠅叩(鳴戸奈菜)

死後の値の保険に決まるもどり寒(水下寿代)

啓蟄やエコーで探る腹の虫(石塚寿子)

美術館外も落葉の点描画(島崎靖子)

蕪汁に世辞なき人を愛しけり(高田蝶衣)

神様を自由に選び文化の日(前田弘)

大丈夫みんな死ねます鉦叩(高橋悦子)

保護色となりて声上ぐ雨蛙(大竹照子)

残るのは死んだ振りのみ四月馬鹿(本杉康寿)

平穏を謝す齢となり白地着る(佐藤美智)

雲の峰我が放尿の力かな(馬目空)

盆踊ピッチャーマウンドに櫓建て(渡辺善夫)

秋風や人にはうしろ姿あり(日高律子)

今年また生きて残暑を嘆き合う(池田澄子)

冷まじや鏡に我という虚像(細川洋子)

衰ひや歯に喰あてし海苔の砂(松尾芭蕉)

遊び足りぬ輩のごとく夜の蝉(藤崎幸恵)

抜け道の柵守りたる蛇苺(友井正明)

視点変え歳時記換えて日々草(中島英子)

春不況マンガと日経を読む若さ(福住茂)

若葉して手のひらほどの山の寺(夏目漱石)

栗食むや若く哀しき背を曲げて(石田波郷)

億年を逃げのびてこの油虫(出口善子)

風向きが変り芒野ひかりけり(柴田蕉風)

仮の世の真理に触れて卒業す(木田琢朗)

芋虫の一夜の育ち恐ろしき(高野素十)

物言はぬ夫婦なりけり田草取(二葉亭四迷)

おおかたを削り取られて山笑う(ながいこうえん)

文章の下手のなげきを鵙によせ(星野立子)

うしろより来て秋風が乗れと云う(高野ムツオ)

雨粒の顔に当りてより夕立(山下美典)

ミス水着準ミス水着姉妹(河崎初夫)

鬼灯市風に鳴るもの靡くもの(五所平之助)

長生きか死に後れしか山椒魚(鷹羽狩行)

暑けれど佳き世ならねど生きようぞ(藤田湘子)

焼きそばのソースが濃くて花火なう(越智友亮)

枝先へ追ひつめてゆく鳥の恋(津川絵理子)

死ぬことを約して生まれ花あかり(鎌田俊)

小遣を少し残して二月果つ(吉倉紳一)

遺言のように砂吐く浅蜊かな(佐藤洋子)

回るほど色を失ふ風車(谷口一好)

大音に落ちたる梨の怪我もなし(平畑静塔)

献立の手抜問はれし花疲れ(岡田順子)

朝顔の行く手つかめぬ蔓の揺れ(小林千代子)

欲しきもの買ひて淋しき十二月(野見山ひふみ)

一瞬に残塁ふたり野分めく(能村研三)

七月のつめたきスープ澄み透けり(日野草城)

年よれば疲れもをかし更衣(炭太祇)

長虫を見しが今年の一大事(岩下四十雀)

死ぬまでの一千万歩桜かな(橋本七尾子)

骨格も人格も曲げ老いの梅雨(伊佐利子)

待つとなき天変地異や握飯(三橋敏雄)

趣味だけが残った余生春来る(小川正純)