(巻二十六)あらかたは二番煎じに初時雨(加藤郁乎)

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(巻二十六)あらかたは二番煎じに初時雨(加藤郁乎)

6月24日水曜日

散歩と買い物

降りだしそうな空模様なのでいつでも逃げ帰れる範囲をうろついた。

麦の秋さもなき雨にぬれにけり(久保田万太郎)

新道を一本裏に入った風呂屋(銭湯か湯屋の方がよいかな)の通りに千円で遣ってくれる床屋を見つけた。この店は昔ながらの床屋のようだが、ガラス窓に“男1000円襟そりつき”と書いた貼り紙を出ていた。カミソリを使うということかな。四千円頂く床屋をやってきたのだろうが、背に腹は変えられずというところか?
床屋に毎月四千円掛けられる年寄りはこのうらぶれた場末の一画にはそうはいないのだろう。
隣の湯屋の入浴料は470円となっていた。毎日湯屋へ通えば一人当たり月に15000円掛かるのか!
貧乏人が銭湯で金持ちが内風呂という時代ではないようだ。

女湯の暖簾駆け抜け夏来る(川里隆)

家賃よりローンの返済額の方が安いから家を買へと言うのがキャッチコピーだ。状況で渡世の仕方は変わるのだろう。

本日三千六百歩、階段二回でした。

季事:

細君から暑中見舞いはいつからかと訊かれた。調べたら小暑からで今年は七月七日が小暑だと出ていた。

家事:
三日分の洗濯と肉豆腐。

読書:

斃れてのち已む」 

という言葉を知った。

《 荷風最晩年の『日乗』の原型はここにある。荷風さんは鴎外先生と命日を同じくすることを若いときから望んでいた。老いていよいよますますそれを希求し、それで鴎外にならって《陰。正午浅草》をえんえんと書きつづけたのである。
以上再説。というわけで、この推理に今度は、すでにふれたように、文化勲章を貰ったのはまさしく『断腸亭日乗』全巻ゆえ、との確信が加わる。斃れてのち已む、なのである。「正午浅草」の書きつがれた理由は十分に解明されたものと勝手に考えている。》

 「飾り立てた霊柩車で...... - 半藤一利ちくま文庫 荷風さんの戦後 から

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