1/2「女子高生制服ウォッチング - 森伸之」ちくま文庫 路上観察学入門 から

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1/2「女子高生制服ウォッチング - 森伸之ちくま文庫 路上観察学入門 から

女子高生は鳥類なのか昆虫なのか、という問題がある。といっても、いくら大胆な最近の女子高生でも空をばさばさ飛びまわったり六本足で歩いたりということは滅多にしないから、もちろんこれは「比喩[たとえ]」である。
つまり、われわれが制服姿の彼女たちを眺めるときの気分は、たとえばどんな生き物を眺める気分に近いのか。そんなことをこの頃よく考えてみたりするのだった。そうするとぼくの場合、やっぱり鳥かな、いや虫っぽい感じもあるぞ、などという辺りにたどりつく。
もっとも世間一般には、女子高生を見てそんな方向に考えが行くことはまずありえないだろう。女子高生を見たら女子高生と思うのが普通である。セーラー服やジャンパースカートといった制服さえ着ていれば「女子高生」と認められるわけで、それ以上深く追求されることもない。まあ本当かどうかはわからないけれど「セーラー服が大好き」ということになっている中年男性などが女子高生を眺める場合は、その視線がセーラー服を透過して「中身」に向かおうとする傾向があるかもしれないが、それももちろん各自の自由である。
しかし、女子高生の「中身」よりも「外身」、つまり彼女たちが着ている「制服」そのものが問題になってくるとはなしが違う。テレビドラマに出てくるような、単に女子高生らしく見せるためだけの観念的な制服ではなく、ひとつひとつ違う色とデザインを持った現実の制服に目を向ければ、その多彩さに驚き、これを何とか記録したいものだと考え始める。やがて観察のために街中を駆けめぐり、電車を乗り継ぎ、改札口で待ち伏せ、校門に張り込み、予備校に潜りこむという毎日が続くのである。ほかの人のことは知らないが、少なくともぼくと、ぼくのふたりの友だちはそうやって大学生活を過ごしてきた。そうして集められた都内の私立高約百五十校の制服データはイラストで再現され、形態・地域・校風などの点から分類がほどこされ、『東京女子高制服図鑑』として一冊の本にまとめられたのである。
さて、こうして足掛け五年にわたる観察行動に一応の区切りをつけてみると、いったい自分は女子高生をどういう視線で見ていたのか、ということが気になり出した。そこでよく考えてみた結果、どうもこの視線はぼくが子供の頃、鳥や虫に対して発していたものと非常によく似ているのではないかと思いあたったのである。
「鳥類」や「昆虫」と「女子高生の制服」。これらのあいだの共通点を、いくつかあげてみると、
①身のまわりに数多くいる。
②種類が豊富である。
③季節によって色や紋様が異なることが多い。
ということになる。このほかに、エサ場に群がるという特徴もあるだろう。樹木の幹に樹液目当ての昆虫が集まるように、現在日本中のファーストフード・ショップには女子高生が群れをなして、コカ・コーラやコーンポタージュスープをすすっている。また、種類によってさまざまな習性を持っている点も似ている。おとなしい種類もあれば、むやみに騒々しい種類もあるし、動作の素早い仲間もあれば、鈍い仲間もある。もちろん知能や外見にも、いろいろなバリエーションが存在している(もっともこの辺になると、制服よりは「中身」にかかわる問題になってくるが)。
とにかくこうして比べてみると、「鳥類」あるいは「昆虫」と、「女子高生の制服」とは、これを観察する場合かなり似かよった角度の視線が発せられるということが納得されるのである。