巻二十六立読抜盗句歌集

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巻二十六立読抜盗句歌集

 

七掛けで生きし人生亀鳴けり(松本夜誌夫)

枝豆を口に正論聞流す(高橋悦子)

泉汲むや胸を離れし首飾(猪俣千代子)

さみだるる他なし漢の独言癖(松下健)

炎天下イヤホーンに聞く甲子園(住田征夫)

桃買つて予報通りの雨に遭う(松井国夫)

とろろ汁人生訓を少し垂れ(高橋健文)

裏読みの裏は正面月天心(能城壇)

熱燗や討入り下りた者同士(川崎展宏)

そろそろという時があり青梅落つ(松岡耕作)

わがくらしいよいよ素なり根深汁(深川正一郎)

性格の悪きを選ぶ囮鮎(蒲康裕)

敗戦忌檻を信じて虎の前(大塚まや)

月見草ジャーナリストが消えいたり(後藤昌治)

ふるさとの天に唾吐く雪降ろし(小森清次)

雨欲しき国に日は入り蚊食鳥(室積徂春)

あらかたは二番煎じに初時雨(加藤郁乎)

年金を木椅子の冷えにたしかめる(松尾火炎樹)

弱引のコツを翁の鯊ならむ(秋元不死男)

押し分けて行かば行かるる萩の原(正岡子規)

水洟や押して事なき盲判(西島麦南)

時雨忌や自販機並ぶ宿場跡(八幡より子)

音楽で食べようなんて思うな蚊(岡野泰輔)

老舗みなビルに吸はれて街薄暑(峯崎成規)

丸呑みのゴミ収集車萩の垣(出口民子)

いまひとつ春野に足りぬ責任感(福本弘明)

双六の賽の禍福のまろぶかな(久保田万太郎)

常識にこだはらないで残る鴨(高橋将夫)

次々とコンテナ列車下りゆくブルトレゆきしこの時間帯(武田軍治)

蜂の巣を見つけ小声となりにけり(高倉和子)

干足袋の乾くまもなく盗られけり(森川曉水)

炒めつけられて玉葱甘くなる(保坂リエ)

人柄が名所なりけりけふの月(加藤郁乎)

ほか弁のほの字をなぞる業平忌(福本弘明)

他人事のやうに首振る扇風機(大和田アルミ)

ほろ苦きものに箸ゆく遍路宿(坂本徹)

長閑さや知つた振りしてこの齢(白田哲三)

永久歯とは名ばかりや山笑ふ(安居正浩)

双六の賽振り奥の細道へ(水原秋桜子)

いくたびも月にのけぞる踊りかな(加藤三七子)

みちのくの夜長の汽車の長停り(阿波野青畝)

何もかも何故と聞く子と夕焼見る(今井千鶴子)

すこしづつ死す大脳のおぼろかな(能村登四郎)

十団子も小粒になりぬ秋の風(許六)

武運長久忘れし神社七五三(辰巳比呂史)

願ふことただよき眠り宝船(富安風生)

レモン切る月のうすさと思ひけり(宮崎夕美)

道なりといふはあいまい秋の暮(佐藤博美)

雨蛙ふと振返る柳腰(古今亭志ん輔)

遠足を入れてふくらむ電車かな(藤森秀子)

浅蜊掻く五尺四方にとどまりて(山田和夫)

秋の夜の時計に時計合せ寝る(波多野爽波)

梅干しでにぎるか結ぶか麦のめし(永六輔)

噴水の向かうに回つてみても夏(小松生長)

去りがたし話題きりなし春炬燵(田原和之)

物好や匂はぬ草にとまる蝶(芭蕉)

鰡跳ねて潮の道ある旧運河(道川虹洋)

舌のごと干蒲団垂れあいまい屋(清崎敏郎)

お絞りは熱きがよろし夏料理(水木夏子)

予測みな当る淋しさ衣被(渕上千津)

秋暑し小名木運河のもやひ杭(福島壺春)

朝顔や期待の色と違へども(柿坂伸子)

安楽死選ばずミモザを愛でしおり(モーレンカンプふゆこ)

黒きまで紫深き葡萄かな(正岡子規)

ふたたびは聞く心もてはたたがみ(稲畑汀子)

野に遊びたるだけのこと誕生日(大橋敦子)

春深し妻と愁ひを異にして(安住敦)

ふり向けば大年増なり雪礫(一茶)

狐火や顔を隠さぬ殺人鬼(大澤鷹雪)

連敗の果ての一勝小鳥来る(甲斐よしあき)

空つ風イランの人と石運ぶ(辻男行)

高齢を理由にガマ(漢字)の後退る(中原道夫)

まぶた重き仏を見たり深き春(細見綾子)

萩繚乱そろそろ夜叉になるつもり(伊達甲女)

雲湧いて夏を引っ張る左腕なり(清水哲男)

おぼろにて丸し佳人の言葉尻(永井潮)

一枚の葉になりたくて銀杏散る(沼尾紫朗)

特老で死ぬるも風情梅ましろ(岩下四十雀)

風呂敷に決め手の証拠春の風(大澤鷹雪)

らあめんのひとひらの肉冬しんしん(石塚友ニ)

本能の穴掘る兎冬ざるる(中村里子)

凩や我が青春の赤電話(大木あまり)

扇風機さみしい道具かも知れぬ(小谷正和)

踏切のなくなる工事立葵(竹内宗一郎)

不可解な夢にこだわり葱刻む(奈良岡晶子)

南無々々と他力本願生身魂(谷下一玄)

秋鯖を心祝ひのありて買ふ(宮下翠舟)

時ものを解決するや春を待つ(高浜虚子)

足弱るばかり家居の膝毛布(松尾緑富)

不可解な己に飲ます寒の水(広瀬悌子)

運動会午後へ白線引き直す(西村和子)

働かぬ手にいただくや雑煮箸(西島麦南)

旧仮名は媚薬のごとし初御籤(高木一惠)

五分高の賃に惹かれて夜業かな(吉良比呂武)

ここにいる不思議つくづく冬紅葉(前田弘)

ぬく飯に落して円か寒玉子(高浜虚子)

飲み干せし水の全部が汗となる(黒田千賀子)

己が身の始末を問はる鳥雲に(神埼忠)

鮪より分厚く降ろす初鰹(上田信隆)

熱燗や掴みどころのなき男(松永幸男)

ホスピスや行くかもしれぬ半夏生(柴田節子)

蝉の屍の鳴き尽くしたる軽さかな(大倉郁子)

言霊を吐いてエンピツ削られる(南澤霧子)

綺麗事並べて春の卓とせり(櫂未知子)

群衆に距離置く男雲の峰(刈田光児)

なに隠すつもりか春のふところ手(西條泰弘)

街をゆく臍出しギャルや稲光り(井上ひろし)

塞翁が馬にまたがり去年今年(岡本久一)