(巻二十七)古き家の柱の色や秋の風(三島由紀夫)

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(巻二十七)古き家の柱の色や秋の風(三島由紀夫)

9月21日月曜日

けさよりは秋ぞと思うシャワーかな(森哲州)

ということで季節が変わったようだが暫くは気温が大きく波打つらしい。

先ず、今朝は毛布をかぶって目が覚めた。

散歩は短パンTシャツからチノパン長袖に変え、コンビニではアイスからホットに変えた。

散歩は白鳥生協の2階の靴屋しまむらに下着の下見に行った。

靴は軽くて丈夫なものである程度フォーマルに堪えられる靴裏の柔らかいカジュアルが所望だが、五千円くらいで在りそうだ。

靴裏に都会は固し

啄木忌(秋元不死男)

[啄木忌は4月13日でした。]

下着は色物ばかりでグンゼやBVDの白い下着が品薄だ。下着は駅前のヨーカ堂にしよう。

猿股や干されて伸びて西日受く(駄楽)

ついでに百均に入り手帳を買った。駄句類句も殖えてきたので手帳に付けておこう。

句帳だけあれば枯野にある居場所(伊藤昌子)

本日は四千三百歩で階段2回でした。

読書:

「芸者の玉代 - 野口富士男」ウェッジ文庫 作家の手 から

を読んでいて、

《 これについても説明を加えておくと、戦前の芸者には玉代のほかにも祝儀という料金があって、「玉祝儀」というよび方をされたが、その祝儀が枕金だったわけである。芸者屋は新しい芸者をその土地の座敷に出すとき、お披露目といって待合(戦後は料亭という)へ抱え主と箱屋(三味線を芸者屋から待合へ持っていく見番の雇い人)がついて挨拶にまわるとき、手拭いと名刺を一軒一軒くばるが、その名刺の裏に五とか六とか書いておく。それが祝儀すなわち枕金の額で、昭和十年前後でいえば五円とか六円を意味した。売春防止法が実施されてから、花柳界には表面上これがなくなった。》

「待合」について書いてあるところより興味を持った。

打水やビルの谷間の小待合(清水基吉)

ほか、随筆の中に時々出てくる場所であるが、まだ何だかよく分からない。

ネットでは“貸座敷”で料理は出前との説明だ。

“ホテル”は利用させて頂いたから実感として分かるが、“待合”は生涯実感として捉えることはないな。

にがき夢二人みるため来た部屋の

ベッドのわきのシャガールの馬(谷岡亜紀)

著者の野口富士男氏について。氏は風俗ライターではない。

日本文藝家協会理事長を務めた方で日本藝術院会員だ。荷風の研究をされた方で、岩波文庫荷風随筆集』の編者である。

私が変わった作品からコチコチし始めたので、念のため。

夕食:

義妹のお誘いとラスト・マイル配達で亀戸升本の弁当をいただいた。玉子焼きが美味しい。

「(保存料不使用)夏季は味付けを濃いめにさせて頂いております。」

と書いてある小冊子が入れてあった。

どこの弁当でも、食べている最中に塩辛は感じないが時間が経つと喉が渇いてくるのだ。眠っていて喉の渇きに目が覚め、水を飲んで寝ておしっこで目が覚めて、二重に睡眠に支障をきたす。

夕刻、旧知のN氏から電話を頂く。いよいよ勇退するので一杯というお誘いだったが、流行り病などのこともあり、治まってからということになった。

その代わり電話で一時間近く旧交を温めた。何しろ40年にわたるお付きあいを頂いたので色々と話は尽きない。K氏と三人で飲むことが多かったが、そのK氏は昨年急逝した。

願い事-叶えてください。私は早く片付いた方がよい。