1/3「雪の行路(抜書) - 竹島紀元」ちくま文庫 鉄道エッセイコレクション から

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1/3「雪の行路(抜書) - 竹島紀元ちくま文庫 鉄道エッセイコレクション から
 
ニセコ1号 小樽→長万部
田中機関士・武藤機関助士・小泉指導機関士(長万部機関区)

珍しく雪の少ない冬というが、山と海に囲まれた小樽の町は、一面の深い雪だった。C62の基地、小樽築港機関区の線路も、膝まで積もった冷たい雪の下で眠っていた。
9時過ぎ、扇形庫[ラウンドハウス]を出た2両のC62 - C62・2とC62・32は、ガッチリと結びあった黒光りの巨体を出区線に現わした。テンダー(炭水車)の下面や台車のバネのあたりに大きな雪塊がこびりついているのは、昨日の苦闘の名残なのだろうか。
重連のテンダーを2本の給水柱に横付けして同時給水。山のように積まれた石炭の下の巨大な水槽が、むさぼるように水を飲む。運転室の後ろではストーカー(注1)が轟々[ごうごう]と音をたてて、火床に石炭を送り込んでいる。凍結防止のためストーカーや各配管のコック、車両のブレーキ・シューに吹き付ける蒸気が、C62の全身を包み、最後の点検に余念のない機関士のハンマーが、もうもうと立ち込める白煙の中で硬い金属音をたてる。重々しいブロワーの音が雪原に広がり、4つの安全弁から吹き上げる蒸気が逆光に映えて、力強くも美しいC62重連の門出である。
C62が住み慣れた東海道をあとに、海を渡って遠く北海道に新しい轍を踏み出してから、いつか十余年の歳月が流れた。スピードを身上とする特急機関車が雪深い地方幹線の勾配と急カーブに挑み、険しい峠越えの補機として喘[あえ]ぐことをだれが予想したであろうか。
函館本線長万部から小樽までは5つの峠を越える山岳線である。南から二股[ふたまた]-蕨岱[わらびたい]-黒松内[くろまつない]、熱郛[ねつぷ]-上目名[かみめな]- 目名、蘭越[らんこし]-倶知安[くつちやん]-小沢[こざわ]、小沢-銀山[ぎんざん]-然別[しかりべつ]、蘭島[らんしま]-塩谷[しおや]-小樽と、15~20パーミル急勾配の峠越えが続く。登っては下り、下っては登る、機関車にも乗務員にも苦しい“アップダウン・コース”である。D51重連に代わってこのコースの急行列車牽引あたったC62重連は、かけられた期待を裏切らなかった。花々しく特急の先頭に立つ日はついに無かったけれども、特急機関車の面目にかけて、D51に勝る力とスピードをこの急峻な山岳線で発揮したのであった。
 


10時39分 -
小樽駅ホームに函館行き急行・上り〈ニセコ1号〉が到着すると、解放された札幌からの牽引機ED76と入れ替わりに、引上げ線で待機していたC62重連はゆっくりとバックして、その前頭に付く。すぐ制動試験。鋭いエアの音、休みないストーカーの唸[うな]り、打合せの叫び声......運転室の内外を熱っぽい騒音が包む。全身から蒸気を噴いて発車を待つC62重連の周りは、むせるような白煙の渦である。
ニセコ1号〉は小樽から長万部まで、前補機(注2)・本務機とも長万部機関区の機関士と機関助士が乗務する。防寒帽を深く被り、窓から乗り出してホームを振り返っている田中機関士は働き盛りの40歳。防寒帽の上にものものしい防塵メガネをかざして、注水器のバンドルを回し水面計を見上げる武藤機関助士は26歳。2人ともこのコースのベテランだ。通票(注3)を受け取った田中機関士が、すばやく確認する。「通票、塩谷-ヨンカク!」それを指差確認して武藤助士は焚口扉を開け火室を覗く。広い火床に白熱の炎が渦を巻き、ストーカーの口から勢いよく石炭が噴出されている。
今日の〈ニセコ1号〉は、現車8両編成、換算32両(320トン)と、かなり軽い。C62重連の定数50(500トン牽引)には余裕があるが、行く手はきびしい雪の峠道である。