3/3「SMと米俵 - 鹿島茂」文春文庫 セーラー服とエッフェル塔 から

f:id:nprtheeconomistworld:20201003082337j:plain


3/3「SMと米俵 - 鹿島茂」文春文庫 セーラー服とエッフェル塔 から

[後記 本書が出て三年余りたった今年(二〇〇四年)の一月、オサダ・ゼミナールを主宰しておられる緊縛師の長田一美氏から次のような文面の手紙を受け取った。年末、テレビ朝日から縛りに関して、「へぇー」と驚くような話はないかと尋ねられたので、亀甲縛りのルーツなどはどうかと提案し、それは「行李」結びだろうと答えたところ、テレビ局から『セーラー服とエッフェル塔』のこのエッセイを示され、次のように言われたという。
「亀甲縛りのルーツは米俵であろうという記述があるので、私に亀甲縛りのルーツは米俵であると言って欲しいと云われました。少しでも縛りをやったものなら誰でも米俵と亀甲縛りでは縄のかけ方が異なるため、全く違ったものだと感じる筈なので、それでは私の緊縛師としての立場がないと主張もしましたが、大学の先生が書いているという権威、この本に書いているためTV局としてはこの件のクレームが来たら、先生の著作を根拠にするとのこと、映像的には行李より米俵の方が一般に知られているためインパクトが強いとの理由により(中略[原文のとおり])亀甲縛りのルーツは米俵という話が一月二日二五時からの番組で放映されてしまいました。ですが......縛り方の順序からして、米俵と亀甲縛りは全く別のものであるといわざるを得ないということを申し上げておかなければと思いペンをとった次第です」
まったく、ひどい話といわざるを得ない。テレビ朝日の連中はおそらく「仮説」という言葉の意味を知らないのだろう。仮説とはいまだ証明されざる仮の説ということである。私が亀甲縛りのルーツは米俵であるなどと断定していないことは読めばすぐにわかるはずである。あくまで見当はずれではない仮説を言ったにすぎない。
しかし、私にも落ち度がないわけではない。亀甲縛りのルーツは陸軍輜重兵の縛り方にあるという点までは突き止めたが、「陸軍輜重兵として扱っていた最大の品目はまちがいなく米俵」という補助線を導入したため、正解からはずれてしまったからだ。たしかに、行李もまた陸軍輜重兵の主要取り扱い品目の一つだったのである。本来なら、ここで縛りの専門家の意見を聞くべきところだったのだが、近辺にそんな人はいなかった(だれだってそうだ)ので、仮説をそのまま記してしまったという次第である。
というわけで、ここで、あらためて長田氏の指摘を受け止めて、喜んで、修正を行いたい。亀甲縛りのルーツは米俵ではなく行李であろうと。
なるほど、そういわれて見れば、行李結びを原点とする亀甲縛りというのは、女性にガチガチに縛られているという羞恥の念を喚起しはするが、痛みという点ではこれを与えないようになっている。
とすると、ここから、日本のSMの特徴は、痛みではなく羞恥であるという仮説が生まれるが......。
まあ、このぐらいにしておこう。