「なぜ眠くなるのか - 久我勝利・佐久間功」図解・そこが知りたい!科学の不思議 から

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◆実は科学は解明していない!?

なぜ眠くなるのか。こんなことも、実は科学は完全に説明できていない。体力を回復するためとか、本能だとか、現実世界から逃避し安らぐためとかエネルギーの低下を避けるためとかいわれているが、明快な答えはないのである。さらに、それでは説明がまったくつかないような人たちも存在している。
たとえば、「眠らないと死んでしまう」とよくいわれるが、仏教の断眠修行などの宗教的な努力によって睡眠時間をコントロールできるようになった人がいる。1日1時間で充分とか、3日間も寝ずに働けるとかいう人が*現実に存在しているのだ。(*現実に存在している-ただし、普通の人を対象に断眠実験をすると、目を開いていても眠っている脳波が出ていることが多い。)
科学的に見ても、90分で足りるとする科学者もいる。脳が休息しついるが体は起きている状態で、このときは眼球も動いていない「深い眠り」と、それに対して体が休んでいるが脳は活動している状態で、このときは眼球が激しく動いている「浅い眠り」。この1サイクルが約90分なのである。これだけで脳も体も回復できるはずだというのだ。実際に体温測定などで、この1サイクルのみで7割もの体力が回復していることが証明されている。
ちなみに「REM睡眠」「ノンREM睡眠」という呼び方は、このふたつの睡眠パターンのときの目の動きから生まれたのである。REMとは「ラピッド・アイ・ムーブメント」つまり激しい眼球の動きを意味する。であるから、「深い眠り」がノンREM睡眠、「浅い眠り」がREM睡眠になるのである。

◆30年眠らなかった人もいるが.....

しかし、世の中はもっと広い。およそ30年もの間、いっさい眠ることができなくなってしまった人がいた。彼女の場合、一般的な不眠症などではない。不眠症といってはいても、通常は本人の気づかないところで眠っていたり、眠っているも同然の時間があるものなのだが、それはまったくなかったのだ。それでも彼女は生き続け、ある日突然、30年ぶりに眠ることができたという。この間、彼女は病気になることもなく、*ごく普通に生活できたというのだから驚きだ。
(*ただし、不安感や深夜にひとりでおきている孤独感はたいへんなものだったという。)
しかし、通常の人間は体内時計のつくりだすリズムにそって、ある程度の長さの睡眠を規則的に取らないと、さまざまな異常を引き起こす。現代人の不規則な睡眠生活が、各種の精神的、肉体的病気を引き起こしていることは最近とみに話題にされているが、このリズムの回復に効果的なのが光だという。朝起きて強い光を浴びることにより正常なリズムを取り戻す、という治療法が行われている。やはり、何万年も前から受け継がれてきた本能的なものと考えるのが、もっともわかりやすい考え方であろう。この体内時計、24時間でなく25時間周期であるという。日光などで規則性を与えてやらないと、やはり狂ってしまうもののようだ。
 
◆眠くなるのではなく、眠っているのが正しい姿?

一方「なぜ眠りが必要なのか」ということは科学的にわかっていなくとも「なぜ起きられるのか」については、かなり詳しくわかっているのがおもしろいところ。
脳の中心部に「脳幹網様体」という組織がある。実は、目が覚めている状態というのはここの作用によるものなのだ。感覚神経からの信号は、もちろん脳に直接送られるのだが、一部がこの「脳幹網様体」を刺激し、ここから大脳全体に投射しているシステムが覚醒状態をもたらすのである。逆に、ここの活動が弱くなってくると意識水準が低下して睡眠に移行し、停止すれば昏睡状態になってしまう。
ちなみに、この「脳幹網様体」の異常で起こる病気に「ナルコレプシー」というものがある。患者は昼間でも、どんなに真面目に仕事をしていても、絶えず眠気に襲われるほか、感情の急な高まりで全身の筋肉の力が抜け、腰が抜けたようにへたり込んでしまうという発作も起こす。眠気は脳に向けての投射システム(上行システム)の異常、筋肉の力が抜けるのは体へ向けての投射システム(下行システム)の異常である。「居眠りばかりの怠け者」と誤解されている例もあるようだが、もちろんこの病気、時間は掛かるものの治療できないものではない。
ただし、昼間の眠気ではなく、全身の筋肉の力が抜けてしまうという下行システムの異常が診断の決め手となる。ただの怠け・居眠りのいいわけに「ナルコレプシー」を使うことはできないのでご注意を。