「筆まかせ(書抜其の二) - 正岡子規 岩波文庫 筆まかせ から

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○Base-Ball

運動となるべき遊技は日本に少し 鬼事、隠れッこ、目隠し 相撲 撃剣位なり 西洋にはその種類多く枚挙する訳にはゆかねども 競馬、競走 競漕などは尤[もつとも]普通にて尤評判よき者なれども ただ早いとか遅いとかいふ瞬間の楽しみなれば面白きはずなし 殊に見知らね人のすることなれば 猶更以て興なし 競馬は貴顕の行ふ者故繁昌し 競走は道具がなくてもまた誰でも出来る者故 学校の運動と来てはこれが大部をしむるなり 競漕は川の中といひ軍楽をはやしたて旗旒[きりゆう]をへんぽんと翻[ひるがえ]し漕手の衣服を色どりなどする故派手なれども愉快の味少し その他長飛、高飛は猶更つまらず。また竿飛は少しは面白けれども これも高いとか低いとかいふのみ 柵飛即障碍物も一場の慰みに過ぎず ?嚢 嚢脚、二人三脚、旗拾ひ 玉子拾ひ、などは小供だましといひつべし そのほか無数の遊びあれども特別に注意を引くほどのものなし ただローン、テニスに至りては勝負も長く少し興味あれども いまだ幼稚たるを免れず婦女子には適当なれども壮健活発の男児をして愉快と呼ばしむに足らず 愉快と呼ばしむる者ただ一ツあり ベース、ボールなり 凡[およ]そ遊戯といへども趣向[プリンシプル]簡単なれば、それだけ興味薄く。さりとて囲碁、将棋の如きは精神を過度に費し 且ツ運動にならねば遊技とはいひがたし 運動にもなり しかも趣向を複雑にしたるベース、ボールなり 人数よりいふてもベース、ボールは十八人を要し 随て戦争の烈しきことローン、テニスの比にあらず 二町四方の間は弾丸は縦横無尽に飛びめぐり 攻め手はこれにつれて戦場を馳せまはり 防ぎ手は弾丸を受けて投げ返しおつかけなどし あるは要害をくひとめて敵を擒[とりこ]にし弾丸を受けて敵を殺し あるは不意を討ち あるは挟み撃し あるは戦場までこぬうちにやみ討ちにあふも少なからず 実際の戦争は危険多くして損失夥[おびただ]し ベース、ボールほと愉快にてみちたる戦争は他になかるべし ベース、ボールは総て九の数にて組み立てたるものにて 人数も九人づつに分ち勝負も九度とし pitcherの投げるボールも九度を限りとす これを支那風に解釈すれば九は陽数の極にてこれほど陽気なものはあらざるべし 九五といひ九重といひ皆九の字を用ゆるを見れば誠に目出度[めでたき]数なるらん

 

○随筆の文章

錬卿余の家に来りてこの随筆を読む 余始めより断[ことわ]つて曰く「君先づ余の言を聴け この随筆なる者は余の備忘録といはんか 出鱈目の書きはしといはんか 心にちよつと感じたることをそのままに書きつけおくものなれば 杜撰[ずさん]の多きはいふまでのなし 殊にこれはこの頃始めし故書く事を続々と思ひ出して困る故 汽車も避けよふといふ走り書きで文章も文法も何もかまはず 和文あり 漢文あり 直訳文あり 文法は古代のもあり 近代のもあり 自己流もあり 一度書いて読み返したことなく直したることなし さればそれ心して読み給へ。 しかしここに一ツいふべきことこそあれ、日本文章は随分書き様多くていかに一定せんかとは諸大家の議論なるが 今この随筆の文は拙劣なるにもかかはらず不揃ひなるにもかかはらず 我思ふ儘[まま]を裸にて白粉もつけず紅もつけず 衣裳もつけず舞台へ出したるものなれば その拙劣なる処、不揃ひなる処が日本の文章を改良すべきに付きて参考となることなしとせんや」と笑ひたりき

 

○交際

余は交際を好む者なり また交際を嫌ふ者なり 何故に好むや 良友を得て心事を談じ艱難相助けんと欲すればなり 何故に嫌ふや 悪友を退け光陰を浪費せず 誘導をのがれんと欲すればなり 余ハ偏屈なり 頑固なり すきな人ハ無暗にすきにて嫌ひな人ハ無暗にきらひやり 而[しか]してその朋友を撰ぶにも先づ人物を見る 次に学識を見るなり 正直にして学識ある人を第一等の友とす 多くは得難し、さまでの学問なきも正直なるを 殊に淡泊なるを第二等の友とす 余が友、多くはこの中に属す、学識あれども不淡泊なる 利己心の強き 同感の情薄き者を第三等の友とす 余はやむをえざる場合にあらざればこれらの人と交らず。併シ余ハ進んで交ることをせざる男なり 故に三、四年顔をつき合しゐる男にても交際せぬもあり 機会を得れば一朝の会話、十年の交際にまさることあり、とにかく、交際を始めたらば熱心に交際する方なり 此の如く余ハ良友を好むにもかかはらず 常に良友と交際するの機を得ざるを恨みとするを以て 恐らくハ他人もこの憾を抱きゐるならんと思ひ 己れ良友を得る時ハこれを他人に紹介することを好み、または他人をしてその性質を知らしめんがために 他人の前にて喋々と賞揚することあり 随てこの随筆中にも処々に良友の性質を現はすを好むなり その代り余はまた悪口に長ずるを以て、いやな友は他人の前にて残さず余さず罵詈[ばり]すること多し。故に余も諸同人に願ふ処は良友を紹介されんことなり

余は左に我朋友の一部を挙げんとす

愛友 細井岩氏 良友 武市庫氏
好友 太田躬氏 敬友 竹村鍛氏
益友 三並良氏 旧友 安長知氏
厳友 菊池謙氏 畏友 夏目金氏
文友 柳原正氏 親友 大谷藤氏
酒友 佐々田氏    温友 神谷豊氏
剛友 秋山真氏    賢友 山川信氏
郷友 勝田計氏 亡友 清水遠氏
高友 米山保氏 直友 新海行氏
少友 藤野潔氏