「最後のオスのマナー - 竹内久美子」中公文庫 楽しむマナー から

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「最後のオスのマナー - 竹内久美子」中公文庫 楽しむマナー から

昆虫のオスの交尾は、早い者勝ちならぬ、遅い者勝ちだ。
メスはオスと交尾するたびに精子(たいていは精包と呼ばれるカプセルに入っている)をため込んでいく。産卵の際には、最後に受け取った精包を優先して受精させ、産む。
よって遅い者の方が断然有利になるのである。
そうするとオスとしては、いかにして彼女の最後のオスになるかが問題だ。どうしたら最後になれるのだろう。
カワトンボの一種では、ペニスの先に返しがついていて前に交尾したオスの精包を掻き出してから自分の分を注入する。これだと必ずしも最後にはならないが、少しでも最後に近づくことはできる。
実を言うと、人間の男のペニスの先に返しがあるのも同じ理由からだ。射精の前に何十回、何百回とスラストする(こする)のは、射精に至るためというよりは前に射精した男の精子を掻き出すためなのである。
ギフチョウやウスバアゲハ(ウスバシロチョウ)では、交尾の後でオスがメスの交尾器をふさぐ。左官さんがこてで壁を塗るように、腹部を左右に振り、粘液を出してメスの交尾器を塗り固めてしまう。
横から見るとメスは、茶色い三角形のオムツをはいているようだ。いったん固まると、これがガチガチで、その後のオスの交尾はほぼ完全に阻止できる。彼は彼女の、最初で最後のオスになれるのだ。
その“オムツ”は、わざわざスフラギス(貞操帯)と言われているほどだ。とはいえ卵の出口はふさがれておらず、産卵は可能である。
最後のオスになるためにはまだまだ別の手段がある。
南米にいるアカスジドクチョウのオスは交尾の後、メスの体内に、他のオスが嗅いだらげんなりし、性欲が失われてしまう物質(性欲減退臭)を残していく。多分最後になれる。
そして交尾が済んでも、つながったままでいるというのもなかなか有効な手段だ。
トンボでは列車の2両連結みたいにオスとメスとがつながった状態で飛んでいることがある(タンデム飛行)。前がオスで、メスの首根っこを捕まえている。そうして産卵場所である池などに向かおうとしているのだ。
このガード作戦を極めたのがオオツマキヘリカメムシ
体長が1センチほどのこのカメムシは春から秋にかけてイタドリやキイチゴの茎に、交尾しながら群がっている。滋賀県立大学の西田隆義さんの研究によると平均で3日、長くて9日も繋がっている。その間にメスは茎の汁を吸い、栄養をつける。こうして卵巣が発達すると、彼女はオスの腹を盛んに蹴り始める。オスはいそいそと退散し、メスは地上に降りて産卵する。
最後のオスになるのも楽ではないようだ。