1/4「四畳半襖の下張 - 金阜山人戯作」

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1/4「四畳半襖の下張 - 金阜山人戯作」

今年曝書の折ふと廃?の中に二三の??を見出したれば暑をわすれんとて浄書せしついでにこの襖の下張と名づけし淫文一篇もまたうつし直して老の寝覚のわらひ草と(は)なすになん

地震のてうど一年目に当らむとする日
金阜山人あざぶにて識るす

さるところに久しく売家の札(斜に)張りたる待合。固[もと]より横町なれども、其後(往来の)片側取ひろげになりて、表通の見ゆるやうになりしかば、待合家業当節の御規則にて、代がかはれば二度御許可[ゆるし]になるまじとの噂に、普請は申分なき家なれど、買手なかなかつかざりしを、ここに金阜山人といふ馬鹿の親玉、通りがかりに何心もなく内をのぞき、家づくりの小庭の様子一目見るなり無暗とほれ込み、早速買取りてここかしこ手を入れる折から、母屋から濡縁つたひの四畳半、その襖の下張何やら一面こまかく書つづる文反古、いかなる写本のきれはしならんと、かかることには目さとき山人、経師屋が水刷毛奪ひ取りて一枚一枚剥しながら読みゆくに、これやそも誰が筆のたはむれぞや。
(はじめの方はちぎれてなし)持つて生れし好きごころいくつになつても止むものでなし。十八の春千種[ちぐさ]の花読みふけりし頃、ふと御神燈のかげくぐり初めしより幾年月の仇夢、相手は新造年増小娘いろいろと変れども、主のこなたはいつも変らぬ好きごころ飽くを知らず、人生五十の坂も早一ツ二ツ越しながら、寝覚の床に聞く鐘の音も、あれは上野か浅草かとすぐに河東がかりの鼻唄、まだなかなか諸行無常と響かぬこそいやはや呆れた次第なり。
思へば二十歳の頃、身は人情本の若旦那よろしくひとりよがりして、十七八の生娘などは面白からず五ツ六ツも年上の大年増泣かして見たしと願掛までせし頃は四十の五十のといふ老人の遊ぶを見れば、あの爺[じじい]何といふひひ[難漢字]ぞや、色恋も若気のあやまちと思へばゆるされもすべきに、分別盛の年にも恥ぢず金の威光でいやがる女おもちやにするは言語道断と、こなたは部屋住の身のふところままならぬ、役にも立たぬ非憤慷慨今となつて思返せばをかしいやら恥しいやら、いつの間にかわれ人共に禿頭皺嗄声となりて、金に糸目はつけぬぞあの妓をぜひと、茶屋の女房に難題持込む仲間とはなるぞかし。人様のことは言はずもあれや、つらつらおのれがむかしを顧るに、二十代は唯わけもなきことなり、思詰めて死にたいと泣きしも後日にいたれば何の事やら夢にも残らず。
但し若きころは大抵女一人にて馴染重ねしものを天にも地にもと、後生大事にまもるなど、案外諸事生まじめなり。二十五過ぎ三十に及べば、追々うぬぼれつよくなりて、馴染は馴染、色は色、浮気は浮気と、いろいろ段をつけ、見るもの皆一二度づつ手が出して見たく、心更におちつく暇なく、衣裳持物にも心をつくし、いかなる時も色気たつぷり見得と意地とを忘れざる故、さほど浅間しい事はせずにすめども、?て四十の声を聞くやうになりては、そろそろ気短に我欲?く?になるほどに、見得も外聞もかまわぬ賎しき行[おこない]、却て分別盛と見ゆる此年頃より平気でやり出すものぞかし。老はまことや顔形[かおかたち]のみならず、心までみにくくするぞ是非もな幾[き]。遊ひも斯く老ひ来りては振られね先からひがみ根性の廻気早く、言はでもよき厭味皮肉を言並べ、いよいよ手ひどく振つけられると知れば、大人気なく怒気を発し、或いはますます意地悪く、押強く出かけて恥をわするるなり。たまさか運よく持てることありても、無邪気にうれしがることなく、相手の女をぐつと見下げて卑しむか、さらずばこいつ何をねだる下心かと、おのがふところの用心にかかるなり。絵にも歌にもなつたものにあらず。

山人曰、一枚の紙ここにて?きたり、後はいづこの紙へつづくやら、此の一トくだり此れにて終われるものか、さるにても次の紙片読み見るにいやはやどうも恐れ入るもの、怪しからぬものなり。