4/4「四畳半襖の下張 - 金阜山人戯作」

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4/4「四畳半襖の下張 - 金阜山人戯作」

気の合つた同志、知らず馴染を重ねしも無理はなし。然りと?も、女一人わがものになしおほせて、床の喜悦も同じ事のみ繰返すやうになりぬれば、又折々別の女ほしくなるは男のくせなり。三度の飯は常食として、佳肴山をなすとも、八時[おやつ]になればお茶菓子もよし。屋台店の立喰、用足の帰り道なぞ忘れがたき味[あじわい]あり。女房は三度の飯なり。立喰の鮓に舌鼓打てばとて、三度の飯がいらぬといふ訳あるべからず。家にきまった三度の飯あればこそ、間食のぜいたくも言へるなり。此の理知らば女房たるもの何ぞ焼くに及ばんや。おのれ袖子が床の上手に打込みて、懐中[ふところ]都合よき時は四日五日と遠出をつけ、湯治場の湯船の中、また海水浴には浅瀬の砂の上と、処きらはず淫楽のさまざま仕?して、飽きた挙句の浮気沙汰に、切れるの切れぬのとお定[さだまり]のごたごた、一時はきれいに片をつけしが、いつか焼棒杭[やけぼうくい]に火が付けば、当座は初にもまさり稀有の味[あじはひ]、昼あそびのお客が離座敷へひたるを見れば、待合家業のかひもなく、無暗と気をわるくし、明いた座敷へそつと床敷きのべる間も待ちきれず、金庫の扉を楯に帳場で居茶臼の乱行、女中にのぞかれしも一二度ならず。夜はよつぴて襖越しの啜泣に、家のおかみさんてばそれあ一通りや二通りではないのよと、出入の藝者に家の女中が嘘言[うそ]ならぬ噂、立聞してはさすがに気まりのわるあ事もありしが、それは所謂それにして、又折々の間食[あいだぐひ]止めがたきぞ是非もなき。無類の美味家にありて、其上に猶間食の不量見、並大抵のあそびでは面白い筈もなし。
山手は下町とちがひ、神楽坂、冨士見町、四谷、渋谷あたり、いづれも寝るのが専一にて、待合茶屋より口掛ける折も、身体[からだ]の具合はどうかと念を押す程の土地柄、随分その道にかけては優物[いうぶつ]あり。大勢の前にてはだか踊なんぞはお茶の粉さいさい、人の見る前にても平気で男のものを口に入れて気をやらせるお酌もあれば、旦那二人を藝者家の二階と待合とに泊らせて、たくみに廻しを取るもあり。昼でも夜でも口があれば、幾座敷でもきつとお引けにして、見事に床裏返させるのみかは旦那も来ずお座敷もない時には、抱えの誰彼択[えら]みなく、一ツしよに昼寝をさせ、お前さんはおいらんにおなり、わたしはお客になつてお女郎屋ごつこしやうよと、初は冗談に見せて足をからませてゐる中、アレサ何が気まりがわるいんだよ、此の児は十八にもなつてまだ知らないのかい、呆れたねへと、自分から唾をつけ、指持ち添へていぢらせ、一人で腰つかうふ稀代の淫乱にたまりかね、抱えの妓[こ]さへ居つかぬ家ありと、兼て聞いたる人の咄しを思出し、わが家の首尾気にしながら、はるばる山手の色町に出かけ、上玉参円並弐円で、よりどりどれでもすぐに寝る便利に、好勝手の真似のかづかづ、遂には一人の女では物足らず、二人三人はだかにして左右に寝かし、女のいやがる事無理にしてたのしむなんぞ、われながら、正気の沙汰とはいひがたし。