「死の不安・恐怖への対処法は死について語りあうこと - 西部邁」

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「死の不安・恐怖への対処法は死について語りあうこと - 西部邁

かつてルクレティウス(前九四~前五五、ローマの詩人哲学者)が宗教の発生を論じて、人間の不安・恐怖を緩和しようとして宗教が創られたのだといった。たしかに、人間の死をめぐって宗教的な儀式が発達したについては、死にたいする不安・恐怖の意識があったに違いない。その不安や恐怖の緩和策が儀式として慣習化され制度化され、そのなかに自分の精神を閉じ込めているかぎり、死とは何か、死とともにやってくる無とは何か、などと考えなくて済んでいた。
しかし、そういう死にまつわる儀式・制度は昔のような形には復活しえない。なぜかといえば、人間がその儀式の意味するところをすでに知ってしまったからである。死の不安・恐怖の解決策だと知ってしまったら、その儀式・制度に自分の精神を埋没させることができない。たとえば、死後の自分は「あの世」にあるわけではないし、輪廻転生で他の生命に蘇[よみがえ]るわけでもないと知ってしまった以上、死の不安・恐怖は死をめぐる宗教的儀式によっては解消されなくなる。このことが最も強く現れるのは、人間の精神について考えることを仕事としているもの、つまり知識人においてである。知識人が死の不安・恐怖にもっとも苛[さいな]まれているのは、彼らが死について語ることが多かったからにほかならない。
いや、現代人は、主として学校や情報機関を通じて何ほどかは知識人になっているのであってみれば、死の不安・恐怖に悩まされているのは現代人なのだということもできる。あっさりいうと、死んでしまえば、自分の身体は単なる物質になり、自分の精神は無と化す、と正しく知らせたのは知識だということだ。
そういう意味では、知識人は死の儀式を破壊してきた。そういうことをしておきながら、大方の知識人は、自分は家族に見守られて死にたいとか、自然に溶け込んで死にたいなとと呟[つぶや]いている。そういう知識人の自己慰安は許されてよいものではない。
というのも、家族の制度や自然の体系の破壊を率先したのは知識人だからである。家族は自由の妨げであり、自然は技術によって切り取られるべき対象である、という考えを知識人は推し進めてきた。それなのに家族や自然によって自分を死の不安・恐怖から守ってもらおうというのは、どだい虫がよすぎるし、またそういう便利な家族や自然はもはや姿を消したのである。
そうならば、現代人は、死の不安・恐怖が何を意味するかについて、精神を奮い起こして語ったり書いたりすることによって、自分の死について自己了解を試みるほかに手はないのではないか。書き言葉にせよ話し言葉にせよ、他者とのコミュニケーションのなかで行われるものであるから、死についての自己了解は他者との共同了解を何がしかは伴う。つまり、自分の関係者との共同了解をとりつけるというやり方だけが、現代人に残されている死の不安・恐怖への対処への対処法である。
そしてその対処法の中心には、どういう死の形を選びとるかという問題が据えおかれている。つまり、自分の死を直視するほどに自由になってしまった人間の精神は、おのずと、どういう死を選択するかという自由の問題に直面せざるをえないのである。