「「日記」偏痴気の説 - 中野好夫」日本の名随筆別巻28日記 から

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「「日記」偏痴気の説 - 中野好夫」日本の名随筆別巻28日記 から

「日記」を、という出題である。
だが、あいにくわたしには、七十年来「日記」というものを書いた経験が、まったくない。小学生のころ、夏休みの宿題で、むりに数日間でっち上げたような記憶はあるが、もちろん、これは本当の意味での「日記」などといえた代物でない。旧制高校時代に、なんと思ったか、ある年、当用日記など買い込んで、まず年頭から書き出してみたようなこともある。だが、これも数日にしてばかばかしくなってやめた。
だから、折角の出題にも応じかねるのである。便法として、このところ数日間の「日記」を作文する手もあるかもしれぬが、さりとて別に個人私生活の報告を、改めて江湖に披露するほどの義理もい。興味もない。
それでは、なんでもとの話だったので、まずはなぜ日記を書かぬか、また、他人様の日記一般についての感想、といったようなことでも書いてみようか。これなら八方差し障りなくて重宝である。

なぜ日記などというものを書きたくなるものか、わたしにはよくわからない。
わたし自身は、東西古今とにかく人物の行跡というものに興味が深いので、他人様の日記、書簡類は、よく読む方である。それらはそれぞれにまことに面白い。だが、それならば、夫子自身はとなると、なおさらもって書き遺す気にはなれぬ。
そもそも個人の内部生活に関するもねを、なぜそう書き留めておく必要があるのであろうか。後日の反省の資に書いておくという考え方もあるらしい。が、果してそれも事実かどうだか。反省はもちろん結構だが、それはその折々にさえやればいいので、別に行状の跡までのこしておく必要はあるまい、総じていえば、人間の過去とはすべて排泄物である。わたし自身は排泄物についてなど、まったく関心がないし、排泄物を眺めながらの反省など、想像するだけでも滑稽である。
例の「菜根譚」に、「風、疎竹に来る。風過ぎて、竹、声を留めず。雁、寒潭を度る。雁去りて、潭、影を留めず」という一句がある。年来わたしの大好きな言葉だが、人間の行蔵の跡も、できればこうありたいものだと思う。あたかもたえて存在しなかったかのように、消えてしまえるものならは、これほど望ましい一生はないはずである。いい気になって書き遺す日記省察類などは、最大の障碍である。
それでいて、身勝手なもので、他人様の日記となると、これほどまた面白いものはない。わたしなども、ずいぶん利用させていただいている。
といっても、わたしは、日記の記述そのものをもって、そのまま事実と信じることは滅多にない。ただある事実を、彼がどう受けとめていたかという点に興味があるだけで、事実そのものは、日記の記述とは別に、厳としてあるのが常であるように思う。
これはわたし自身もかつて書いたし、その後他の人もどこかで触れていたように思うが、永井荷風晩年の日記と、そのころ彼が寄寓していた先の杵屋五叟の日記というのがある。両者を対照して読むと実に面白い。一つの出来事が、双方においてどんなにちがって受けとめられているか、これほど愉快な記録もちょっとめずらしい。
要するに、すべて日記はウソである。体のいい自己弁明でなければ、あわれむべきナルシシズムにすぎぬ。それはそれで面白く、貴重であることにまちがいないが、そんな奇妙な文献、自分で遺して死ぬ気など毛頭ない。

一々名前はあげぬが、わたしの知るだけでも、筆者自身によって焼き棄てられた日記、また、遺族の手によって同じ運命にあった日記というのが、少なくない。惜しむ声もわからぬではないが、わたしはむしろそうした処置のとられなかったことの方を、お気の毒に思う。
これも名前は憚るが、ずいぶんこれといった著名人の中に、家人にも知られては困るプライヴァシーを、綿々と秘密日記に書き綴った揚句、生前に処理を忘れた?ばかりに、死後伝記研究家などという好事家に掘り出され、いい恰好の食いものにされている人物もいる。第三者には面白いかもしれぬが、果して当人にはどんなものか。 
人間、いつ脳卒中心筋梗塞で頓死せぬとは保証しえぬ。研究といえば聞えはいいが、奇妙なノゾキ趣味の餌食になりたくなければ-もっとも安全な方法は、日記などというくだらないものをまず書かぬことである。呵々。