「虚偽の申告と自首の成否 - 十河太朗」法学教室2021年5月号

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「虚偽の申告と自首の成否 - 十河太朗」法学教室2021年5月号

最高裁令和2年12月7日第一小法廷決定

【論点】
捜査機関に対する申告の内容に虚偽が含まれていた場合にも自首は成立するか。
【事件の概要】
被告人Xは、自宅でVをその嘱託を受けることなく殺害した後、この事実が捜査機関に発覚する前に、嘱託を受けてVを殺害した旨の虚偽の事実を記載したメモを遺体のそばに置いた状態で、自宅の外から警察署に電話をかけ、自宅に遺体があり、そのそばにあるメモを見れば経緯が分かる旨伝えるとともに、自宅の住所を告げ、その後、警察署においても、司法警察員に対し、嘱託を受けてVを殺害した旨の虚偽の供述をした。
2審は、自首の成立を否定し、Xが上告した。
【決定要旨】
〈上告棄却〉「Xは、嘱託を受けた事実がないのに、嘱託を受けてVを殺害したと事実を偽って申告しており、自己の犯罪事実を申告したものということはできないから、刑法42条1項の自首は成立しないというべきである。」
【解説】
1 自首とは、罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自発的に自己の犯罪事実を申告し、その処分を求める意思表示をいい、刑法42条1項は、自首がなされた場合について任意的な刑の減軽を定めている。本件で争点となったのは、犯人が捜査機関に対して自発的に自己の犯罪事実を申告したものの、その申告内容に虚偽の事実が含まれていたときにも自首が成立するかである。
2 自首制度の趣旨は、一般に、捜査および処罰を容易にすることに求められている。そこで、自己の犯罪事実について申告したとしても、事案を解明する上で重要な事実を偽り、捜査に混乱を生じさせたような場合には、自首の成立を否定する見解もありうる(植村立郎「自首-(2)」龍岡資晃編『現代裁判法大系(30)刑法・刑事訴訟法』191頁以下参照。共犯者がいるのにそのことを秘し、単独犯であると申告した事案において、自首そのものが犯人隠避行為に該当する場合には国家がこれを奨励するわけにいかないという点を根拠に自首の成立を否定した裁判例として、東京高判平成17・6・22判タ1195号299頁がある)。
ただ、最高裁は、申告内容に虚偽の事実が含まれていた場合にも自首の成立する余地を認めてきた。無免許で自動車を運転中に事故により同乗者に傷害を負わせた被告人が、当初、同乗者はいなかったなどと虚偽の供述をしていたが、その後、自らが同乗者に傷害を負わせた事実を申告した事案につき、最決昭和60・2・8刑集39巻1号1頁は、警察官が人身事故について嫌疑を抱いていない段階で被告人が業務上過失傷害の事実を申告したことを理由に自首の成立を認めた。また、最決平成13・2・9刑集55巻1号76頁は、拳銃を発砲した犯人が拳銃を発射した旨を捜査機関に申告したが、実際に使用した拳銃と別の拳銃を捜査機関に提出した事案において、拳銃加重所持罪と拳銃発射罪につき捜査機関に発覚する前に自己の犯罪事実を捜査機関に申告したから、自首の成立を妨げないとした。

こうした判断の基礎となっているのは、自首が成立するかという問題と、自首が成立した場合に刑の減軽を認めるのが相当かという問題を区別するという理解である。すなわち、虚偽の事実を申告したとしても、犯罪の成立要件を充足する事実を捜査機関への発覚前に申告したときには、「自己の犯罪事実を申告し、その処分を求める意思表示をした」ていえ、自首の成立自体は否定できない。ただ、虚偽の事実を申告したことによって捜査を混乱させた点は、裁量により刑を減軽するかどうかを確定する際に考慮されるのである(井上廣道「判解」最判解刑事篇昭和60年度8頁以下、稗田雅洋「判解」最判解刑事篇平成13年度35頁以下)。
3 逆にいえば、犯罪の成立要件に関する事実について虚偽を申告したときには、もはや「自己の犯罪事実を申告し、その処分を求める意思表示をした」とはいえず、自首の成立自体が否定されることになる(山火正則「判批」平成13年度重判解160頁)。強盗殺人を犯した被告人が被害者の嘱託を受けて殺害した旨の虚偽の事実を申告した事案について、東京高判昭和59・8・31判タ544号275頁は、強盗殺人罪嘱託殺人罪の間には罪質や法定刑に著しい差異があることから、被告人の申告を自首と同視することはできないと判示している(もっても、同判決は、申告の時点で被告人が殺人および財物奪取の犯人であることが捜査機関に発覚していたことを理由に自首の成立を否定している)。
本件において、Xは、捜査機関に発覚する前に、自らVを殺害した事実を捜査機関に申告している。しかし、Xは、実際にはVをその嘱託なしに殺害し、普通殺人罪(刑199条)を犯したにもかかわらず、捜査機関に対し、Vをその嘱託を得て殺害したという嘱託殺人罪(刑202条)に当たる事実を申告した。このように、Xは、真実と異なる構成要件に該当する事実を申告しており、本決定は、この点を捉えて、「自己の犯罪事実を申告したものということはできない」とし、自首の成立を否定したと考えられる。
ただ、犯罪事実について虚偽の申告をした場合に、実際の犯罪事実と申告の内容との間にどの程度の差異があれば自首の成立が否定されるのかは、必ずしも明らかではなく、今後の課題である。