巻三十立読抜盗句歌集

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巻三十立読抜盗句歌集

今はよにもとの心の友もなし老いて古枝の秋萩の花

桐一葉ふと好日を怖れけり(豊長みのる)

人に家を買はせて我は年忘れ(芭蕉)

句作りの文語不識や寒の梅(藤田湘子)

秋簾女七つの隠しごと(田中恵子)

手の平に転ろがす定年水割りグラス(鈴木正季)

主義主張異つてよき花見かな(宇多喜代子)

コンビニのおでんの湯気や冬に入る(八木健夫)

エンゼル・フィッシュ床屋で眠る常識家(川崎展宏)

有為転変母の浴衣が雑巾に(生出鬼子)

名月や月の根岸の串団子(正岡子規)

献立の一転二転底冷す(山本美紗)

古草や識らぬ木太り識る木失せ(富安風生)

ここ残し秋刀魚の食べ方知らぬ妻(高澤良一)

健康を酒量で試し三ケ日(笠原興一)

輸出する和物の絵付梅匂ふ(稲垣光子)

肉じゃがのほっこり煮えて春嵐(甲斐住子)

物少し状ながながと歳暮かな(島田雅山)

ふくろうに聞け快楽のことならば(夏井いつき)

ゆるゆるとゆるゆる蛇に巻かれけり(佐藤文子)

鰯雲飛行機雲を許したり(蛭海停雲子)

口ぐるま乗るも処世か忍草(丹後日出雄)

玉の井荷風ごのみの冬のまち(橋田治子)

荒百舌や今日を限れる芸者の身(小坂順子)

タンメンの白と緑や夜半の秋(今井聖)

世の中は稲苅る頃か草の庵(芭蕉)

あぢさいのもう欺けぬ終のいろ(谷本元子)

梅咲くや何が降ても春ははる(千代女)

居眠りが居眠り誘ふ目借時(橋本典男)

二の足を踏む誘はれし岩魚釣(茨木和生)

秋ともし一病が吾の羅針盤(大木あまり)

その道の人か利休の墓洗ふ(森田峠)

やはらかき雨も三日や鉦叩(青谷小枝)

測るたびちがふ血圧小鳥来る(都丸美陽子)

相場師がじつと見ている蟻地獄(木俣正幸)

冬の夜五彩の黒を着る男(九里順子)

煮詰まつてゆくは夫婦の愛・憎・無視(筑紫磐井)

阿呆面して十六夜の月眺め(栗田麻紗人)

芒の穂双眼鏡の視野塞ぐ(右城暮石)

着ぶくれて敢へて世間に物言はず(菖蒲あや)

ひたむきに歳暮つかいの急ぐなり(岡本松濱)

居候三杯目にはそつと出し

女房の味は可もなく不可も無し

朧夜やカサブランカの弾き語り(徳永てい子)

菊日和いふにいはれぬお人柄(角田律子)

太公望灯火親しみ仕掛け編む(佐藤功子)

どん底の暮しのときの雑煮椀(河崎初夫)

料理書の底の聖書や十二月(中川朝人)

野菊とは雨にも負けず何もせず(和田悟郎)

世は不況わたしは不興秋扇(中嶋秀子)

聴きなれしピアノの底の前世かな(田中信克)

花を見る目配りにさへお人柄(高澤良一)

荷船にもなびく幟や小網河岸(永井荷風)

はるばると来て梅林に長居せず(柏村二三子)

餅二つ膨れ付きしを吉とせり(丸井巴水)

卒業名簿筺底(きょうてい)にして小吏なり(野口喜代志)

あたたかしその人柄もさりながら(下村梅子)

どうしても人が人焼く秋の風(斉藤玄)

此所小便無用花の山(其角)

鴨濡れて恋人の傘細かりし(瀬間陽子)

君の名をはたと忘れた咳をする(竹崎奇山)

毛虫落つそこに始まる物語(小泉八重子)

重心を低くしてゆく春の山(久行保徳)

鮎跳ねて簗にとびたる不覚かな(久保木信也)

誤字脱字合格祈願絵馬頓馬(木村いさを)

晩年の犬の歩みや冬たんぽぽ(広渡敬雄)

運命と片付けられてちゃんちゃんこ(杉山文子)

夏籠りと人には見せて寝坊哉(小林一茶)

何びとも時あるものと知りながらなほいそがるる人ごころかな(明治天皇)

短日や釣師迷はず竿しまふ(秋野三歩)

ヒキガエルつるり腑に落つささめごと(阿川木偶人)

仮の世のほかに世のなし冬菫(倉橋羊村)

散るものは散て気楽な卯月哉(正岡子規)

交番はいつもからつぽ花曇(半田陽生)

たのしみは草の庵の莚敷きひとり心を静めおるとき(橘曙覧)

慎重派大胆派ありケルン積む(村手圭子)

はこばれているとは知らぬ海鼠かな(山田麦城)

色里の名残の小窓野分立つ(中村初枝)

これやこの旬のさんまも冷凍魚(石塚友二)

目立たぬを身上とせり葛の花(関森勝夫)

ある日彼どつと老増す冬帽子(黒田杏子)

近松忌響(とよ)む高架を上に酌む(秋元不死男)

好色者(すきもの)は大抵無口竹婦人(中原道夫)

鰭酒や畳の上で死ぬつもり(亀田虎童子)

持ち唄は一つで通すちちろ虫(安藤しげる)

通帳にらんで女動ぬ道の端(きむらけんじ)

一つ趣味をば三十年亀鳴けり(永野由美子)

潜りたきこともあらうにみづすまし(岩瀬ミチ)

冷まじや湖底の村の私語(ささめごと)(斎藤達也)

梟のもの知り顔に夜は更けぬ(涌羅由美)

昼飯に酒を添へたり冬紅葉(斎藤まさし)

ポケットのなかでつなぐて酉の市(白石冬美)

あやまちを重ねてひとり林檎煮る(白石冬美)

バスはるかゆらめいてみゆ薄暑かな(白石冬美)

春服にポケットのなき不安かな(鹿野佳子)

飴いくつもポケットに転がす指の骨(鈴木すなを)

父健気人参買つて葱買つて(冨田正吉)

極月に眉月一つ星ひとつ(袴田菊子)

酒ゆえと病を悟る師走かな(其角)

電飾を勝手に巻かれし冬木らの哀しき貌が我が内に棲む(瀧上裕幸)

おろおろと生きてきたりし年月をええじゃないかと思うこのごろ(前川久宜)

多言語の雑踏の中歳の市(笹間茂)

露の世のなほも仮想の世に遊ぶ(近藤七代)

炒飯を妻に分け置く一茶の忌(しかい良通)

人生寒し風の迅さの捨馬券(竹鼻瑠璃男)

逃れきて終のすみかの炬燵かな(長谷川櫂)

審判を見上げ少女の夏果てぬ(北山順子)