「国際捜査共助によらずにリモートアクセスにより収集した証拠の証拠能力 - 駒沢大学准教授田中優企」法学教室2021年7月号

「国際捜査共助によらずにリモートアクセスにより収集した証拠の証拠能力 - 駒沢大学准教授田中優企」法学教室2021年7月号

最高裁令和3年2月1日第二小法廷決定
平成30年(あ)第1381号わいせつ電磁的記録記録媒体陳列、公然わいせつ被告事件

【論点】
サイバー犯罪に関する条約の締約国に所在する蓋然性がある記録媒体にリモートアクセスして電磁的記録を複写するなどして収集した証拠に証拠能力が認められるか。
〔参照条文〕刑訴99条2項・218条2項、サイバー犯罪に関する条約32条
【事件の概要】
(1) 警察官は、被告人らが役員を務めるX社において、リモートアクセス令状(刑訴218条2項のリモート差押許可状)の執行を開始した。
警察官は、令状に基づき国外に蔵置されたメールサーバ等にリモートアクセスすることは当外国の主権を侵害するおそれがあるため、被告人らの承諾を得てリモートアクセスを行い、メール等の電磁的記録を複写したパソコンの任意提出を受ける手続をとった(手続ア)
また、執行を終えるのに相当の時間が見込まれたため、X社と警察官で、X社以外の場所・機器からメールサーバ等にリモートアクセスできるとする合意がなされ、警察官はこれに基づき電磁的記録を複写した(手続イ)
(2) 第一審は、手続ア及びイに係る検察官請求証拠について、任意の承諾に基づき収集されたものとした上で、サーバ設置国の主権やサーバ管理者の権利・利益を侵害する重大な違法はないとして、証拠能力を肯定した。 
(3) これに対し、控訴審は、手続アの承諾は錯誤によるものとした上で、実質的には令状に基づく執行とみることができ、サーバ設置国の主権やサーバ管理者の権利の侵害があっても、当のリモートアクセス等に重大な違法は認められないとして、証拠能力を肯定した。
【決定要旨】
〈上告棄却〉 「刑訴法99条2項、218条2項の文言や、これらの規定がサイバー犯罪に関する条約......を締結するための手続法の整備の一環として制定されたことなどの立法経緯、同条約32条の規定内容等に照らすと、刑訴法が、上記各規定に基づく日本国内にある記録媒体を対象とするリモートアクセス等のみを想定しているとは解されず、電磁的記録を保管した記録媒体が同条約の締約国に所在し、同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合に、国際捜査共助によることなく同記録へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは許される」(以上、判示①)
「手続アは、X社関係者の任意の承諾に基づくものとは認められないから、任意捜査として適法であるとはいえず、上記条約32条が規定する場合に該当するともいえない。しかし、原判決が説示するとおり、手続アは、実質的には、司法審査を経て発付された前記捜索差押許可状に基づく手続きということができ、警察官は、同許可状の執行と同様の手続により、同許可状において差押え等の対象とされていた証拠を収集したものであって、同許可状が許可する処分の範囲を超えた証拠の収集等を行ったものとは認められない。また、本件の事実関係の下においては、警察官が、国際共助によらずにX社関係者の任意の承諾を得てリモートアクセス等を行うという方針を採ったこと自体が不相当であるということはできず、警察官が任意の承諾に基づく捜査である旨の明確な説明を欠いたこと以外にX社関係者の承諾を強要するような言動をしたとか、警察官に令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとも認められない。以上によれば、手続アについて重大な違法があるということはできない。」(以上、判示②)

「以上によれば、警察官が手続ア、イにより収集した証拠の証拠能力は、いずれも肯定することができ、これと同旨の原判決の結論は正当である。」

【解説】
1 犯罪や犯人に関する証拠等が外国に在る場合、当該国の主権侵害のおそれのため、我が国が当該国で証拠等を直接収集する捜査活動はできない。仮に当該国がこれを認めたとしても、我が国は国内での外国機関の捜査活動を認めていないため、相互主義の観点から、外国での捜査活動は差し控えられている。この場合、国際捜査共助(国際捜査共助等に関する法律)やICPOを通じた捜査共助等により証拠等を収集できる。
リモートアクセスも、強制捜査であれ任意捜査であれ、捜査機関が国内からパソコン等を用いて国外に蔵置された又は蓋然性があるサーバ等にアクセスし、そこに保存されている電磁的記録を収集するのは当該国の主権を侵害することになるのか、その適法性と収集された証拠の証拠能力が問われてきた。
なお、サイバー犯罪に関する条約32条は、締約国が他の締約国の許可なしに行える措置を規定するが、いかなる場合に、他国に蔵置された電磁的記録に相互援助の要請なくアクセスできるかを整備していない(本件原審判示参照)
2 リモートアクセス等の適法性が初めて問われた東京高判平成28・12・7判時2367号107頁は、「サーバが外国にある可能性があったのであるから、捜査機関としては、国際共助等の捜査方法を取るべきであった」と判示していた。
3判示①によれば、前掲東京高判と異なり、常に国際共助等によるとするのではなく、一定の要件に基づいとリモートアクセスできる場合があることが明らかになった。この点は、原々審及び原審も同様の判示をしている。 
また、原審は、主権侵害等のため当該収集手続が刑訴法上の違法を帯び得ることを前提に、本件では重大な違法には当たらないとしたのに対し、最高裁は、判示②の通り、主権侵害等や本件手続への影響について言及せず、本件手続に係る諸事情を考慮して違法の重大性を否定した。本件補足意見は、「当該外国の主権との関係で問題が生じ得る」とするところ、法廷意見は、主権侵害等と刑訴法上の違法を分けている。そして、法廷意見は、本件手続は実質的には令状に基づくものと評価し、そこで許可された範囲内の処分であったと指摘しているため、令状執行としてのリモートアクセスの場合も、それのみで直ちに証拠能力が否定されることはなく、補足意見が判示するように「当該手続に関して認められる諸般の事情を考慮して」判断されることになろう。