(巻四)立読抜盗句歌集

一言の 賛辞は重し 寒卵 (岩崎正子)
去年今年 断ちたきものも 連なりぬ (山本碩一)
セーターの 色ほど若く なかりけり (上村敏夫)
更衣 駅白波と なりにけり (綾部 仁喜)
渡りかけて 藻の花のぞく 流れかな (凡兆)
冬の水 一枝の影も 欺かず (中村草田男)
先見えぬ 坂の半ばに 梅仰ぐ (青木弓子)
一升瓶 立てて目刺しの 皿一つ (小林申忠)
さよならの バレンタインの チョコレート (藤原宣子)
星の夜は 暗闇までも 透き通る (荒井晶子)
行く雲を 寝ていて 見るや 夏座敷 (野坡)
足高に 涼しき蟹の あゆみかな (木因)
縁談や 夕げ つねなる 冷奴 (本島高弓)
心太 雲の翳りが 野を移る (瀧 春樹)
手花火に 妹がかひなの 照らさるる (山口誓子)
浅草の 赤たつぷりと かき氷 (有馬朗人)
山桃の 日陰と知らで 通いけり (前田普羅)
冬蜂の 死にどころなく 歩きけり (村上鬼城)
いくたびも 雪の深さを 尋ねけり (正岡子規)
美しき 鎖骨の窪み花明り (山崎十生)
立ち酒が 立ち飲みとなり 西日落つ (能村研三)
人の世に 笑ふ淋しさ 芽水仙 (菅野奈美江)
遠雷の いとかすかなる たしかさよ (細見綾子)
船窓の さみだれている 帰航かな (杉山加織)
返事よき ことが何より 一年生 (井上 實)
猫に来る 賀状や猫の くすしより (久保より江)
さまざまに 世を捨てにけり 歌かるた (綾部仁喜)
此の道や 行く人なしに 秋の暮 (芭蕉)
歯応へに 海鼠の意地のありにけり (新美欽哉)
カレーにも 三河味噌入れ 暑に耐ふる (田島もり)
同じ汗 かきてほぐるる 初対面 (白根純子)
菜飯食ふ 青き日暮と なりにけり (角川春樹)
沖へ出て 動かぬ漁船 鰯雲(中沢三省)
涼風や 青田の上の 雲の影(森川許六)
四十七 八重葎(むぐら) しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり (恵慶法師)
いづこより 月のさし居る 葎哉(前田普羅)
庭草に村雨降りてこうろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり(作者未詳)
濃き墨のかわきやすさよ青嵐(橋本多佳子)
茶の会に客の揃わぬ時雨哉(夏目漱石)
吹き冷ますスープに小じわ梅雨つづく(布川直幸)
睡蓮や 水をあまさず 咲きわたり(深見けん二)
七人の敵の一人と黒麦酒 (渡辺嘉幸)
後の月 入りて顔よし 星の空(上島鬼貫)
大阪の夏を煽いできりもなし(仲寒蝉)
渡し場に道は尽きたり夏の雲(仲寒蝉)
崩れないやうに崩してかき氷(伊東法子)
霜柱俳句は切字響きけり(石田波郷)
水餠のやうな齢となりにけり(今村征一)
露のせていて芋の葉の濡れていず(白濱一羊)
ひとりづつ人をわするる花野かな(井上弘美)
かの人のその後のことを走り蕎麦(宇多喜代子)
遠雷にまず気付きたる猫の耳(濱松智弘)
洗濯を三度する日や心太(鈴木ゆみ)
空蝉(うつせみ)に言ふことはなし朝日さす(田中靖三)
子鰯も鯵(あじ)も一ト塩(ひとしお)時雨かな(山口瞳)
橋の名を 次々問ふや 船遊び(千原道子)
ほたる待つ 闇に額をおしつけて(奥名春江)
死ぬときは 箸置くやうに 草の花(小川軽舟)
まだものの かたちに雪の 積もりをり(片山由美子)
山に金太郎 野に金次郎 予は昼寝(三橋敏雄)
台風の道なき道を来たりけり(松尾安乃)
花火の間 うなじ見られている気配(山口秋野)
夕立にひとり外みる女かな(きかく)
夕立に忘れられたる玩具かな(高田正子)
昼寝より覚めて世間といふところ(岡部玄治)
水の上を秋風過ぎて波もなし(能村登四郎)
国々に案山子もかはる姿かな(河合曽良)
茄子馬の一肢蹴上げて納まらず(川辺了)
朝散歩新芽をすかし朝日かな(水尾勝次)
秋刀魚買ふ鋼ひかりの艶を買ふ(小林久雄)
冷房に熱き一人の加はりぬ(山本幸子)
傘(からかさ)の上は月夜のしぐれ哉(召波)
桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける(紀貫之)
初しぐれ猿も小簑をほしげ也(芭蕉)
四捨五入すれば還暦されど吾に子なし妻なし癌ふたつあり(石島正勝)
端居してだだ居る父の恐ろしさ(高野素十)
女湯の暖簾駆け抜け夏来る(川里隆)
別人の如き乙女の祭笛(黛衛和)
冬瓜を割って途方にくれにけり(大年廚)
透けるともなく冬瓜の煮上がりし(高田正子)
掛軸の滝を浴びいる鏡餅(中村和弘)
初詣風強き世に出でにけり(福井隆子)
夕焼けを肌に写して歩きけり(加賀有紗)
戒名を故人は知らず草の花(中村栄一)