(巻七)立読抜盗句歌集

弟に本読み聞かせいたる夜は旅する母を思いてねむる(秋篠宮佳子)
一句得るまでは動かじ石蕗(つわ)の花(阿部みどり女)
座る余地まだ涅槃図の中にあり(平畑静塔)
六十八 心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな(三条院)
気がつけば妻も縮んだ寒厨(米澤たもつ)
風鈴をはずし虚空に風還す(梶原ひな子)
当てもなく地球儀回す夜長かな(岡本久夫p45)
小春日を渡りきつたる入日かな(有松洋子)
胡座して大きく使ふ渋団扇(小原青々子)
子にみやげなき秋の夜の肩ぐるま(能村登四郎)
年の瀬にちあきなおみの演歌聞きあぶった烏賊と人肌の酒(をがはまなぶ)
待つていし今日の寒さでありにけり(ほりもとちか)
まだ誰のものでもあらぬ箱の桃(大木あまり)
みはるかす全円の空紛れなし槍よ穂高よ木曽の御岳(来嶋靖生)
落葉舞ふ流派それぞれ面白し(柳ケ瀬正昭)
収穫を終えし木々なりアーモンド人なら涼しき表情の朝(ソーラー泰子)
容赦なく子は育ちけり竹の春(嶋田恵一)
ひく波の跡美しや桜貝(松本たかし)
君はいま駒形あたりほととぎす(二代目高尾)
人体は心で変わる落葉かな(宗本智之)
いさぎよく一葉残さず落葉して朴の冬芽は天を向きたり(荻原葉月)
長き夜のところどころを眠りけり(今井杏太郎)
真鯉来て緋鯉の影となりにけり(高橋将夫)
濁りなき白に力や雲の峰(今橋真理子)
稜線に日の入る位置が移るなり春の近づく目盛のごとく(丹羽利一)
鳶見えて冬あたたかやガラス窓(子規)
右翼より左翼へ夕日を乗せ替えて吾がJAL伊丹に近づくらしも(村山美恵子)
酢を振れば飯のかがやく春祭(菅原?也)
税関の海側の軒燕来る(仲寒蝉)
霞立つ春の長日を恋ひ暮らし夜も更けゆくに妹も逢はぬかも(柿本人麻呂)
黄落の果てて一樹に戻りけり(三宅久美子)
風の道元荒川に凛と佇つ鷺あり鴨は流れのままに(青木伸司)
人間に寝る楽しみの夜長かな(青木月斗)
涅槃会や皺手合する数珠の音(芭蕉)
胸に棲む人と酌む酒十三夜(山田弘子)
春愁や少し長めの猫の顔(北村保)
胸さびしゆえにあかるき十三夜(石原八束)
幹に枝喰ひ入るごとく抱きあひそれより先をせずして別る(佐竹游)
なに気なく手にするものに蜜柑かな(山本幸子)
東風吹くや耳現はるゝうなる髪(杉田久女)
木枯らしにブランコすこし揺れて鳴り気分はつまりゴンドラの唄(相原法則)
人波が街を動かす師走かな(後藤菊子)
細君に逃げられたりと暗く告ぐ逃がしてやったと思ひたまへよ(島田修三)
豆を煮る妻よ厨の灯を消してこの月夜見のひかり浴ぶべし(由田欣一)
肩一つ打ち秋風に語られる(古田紀一)
鮮やかな鴛(おしどり)三羽軽く浮き一羽の地味な雌に寄り添ふ(後藤進)
単色の一枚となる冬田かな(児山綸子)
稲つまに追はれて走るつつみかな(永井荷風)
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ(山口誓子)
四面楚歌なり掌の雨蛙(須佐薫子)
それぞれに浮き名のありて敬老日(佐藤村夫)
春眠の時も含めて一生涯(高橋将夫)
み空行く月の光にただ一目相見し人の夢にし見ゆる(安都扉娘子)
虫程の汽車行く広き枯野かな(森鴎外)
弔いに気負ふ老いどち寒四郎(三方元)
コップ酒飲み干す時のしばらくを逆さのままに宙に届むる(伊倉邦人)
生きかはり死にかはりして打つ田かな(村上鬼城)
古本によき帯残る四温かな(内田恒生)
明けきらぬ東の空の満月を仰ぎバス待つ一月の朝(愛川弘文)
岩はなやこゝにもひとり月の客(去来)
手袋を失せはせぬかとそればかり(松永朔風)
高校の予餞会にて屋根裏で雪を降らせし友との再会(夏目たかし)
あの人を古い上衣とぬぎ捨てて死ぬ程恋しと死んでも言へぬ(大寺和美)
それぞれに憧るる星冬芽どち(板坂寿一)
横笛にわれは墨する後の月(北園克衛)
紅梅の紅の通へる幹ならん(高浜虚子)
雨蛙そっと握れば緑濃き肌やわらかに初夏(はつなつ)の雨
日向ぼこ徳の少なき者ぬける(小笠原信)
長閑(のどか)さや叱られている犬の貌(かお)(阪田昭風)
叱られて目をつぶる猫春隣(久保田万太郎)
大きな木大きな木陰夏休み(宇多喜代子)
一円も使わない日を過ごしおり介護施設に夫と移りて(佐野洋子)
はらわたの熱きを恃み鳥渡る(宮坂静生)
手に一つ鶯餠のひかり載す(愛川弘文)
手花火の闇を小さく使ひけり(村越陽一 )
春の月良書に出会ひたるごとく(友岡子郷)
あきくさをごつたにつかねて供えけり(久保田万太郎)
死なうかと囁かれしは蛍の夜(鈴木真砂女)
ランナーの過ぎゆきたればそれぞれにいつもの孤独へもどりてゆけり(岩元秀人)
摘草のにほひ残れるゆびさきをあらひて居れば野に月の出ず(若山牧水)
セーターに首入れ今日を始めけり(三浦善隆)