(巻十二)立読抜盗句歌集

マネキンを下着で立たせ夏に入る(丸井巴水)
菜の花や月は東に日は西に(蕪村)
筍のまことに無骨な荷が着きぬ(山田弘子)
街角の風を売るなり風車(三好達治)
柿ひとつ空の遠きに堪えむとす(石坂洋次郎)
中吊りに求ム旅人夏休み(松枝真理子)
覗く目を逆に覗きし金魚鉢(杉本そうしゅう)
聖夜てふ罪の匂ひのする夜かな(天野きらら)
人違ひのやうに初蝶我を去る(中村正幸)
どこまでが本当の話おでん酒(馬場白洲)
夏草の思うがままの空家かな(三浦貴美子)
飲み干して重くなりたるビアジョッキ(平石和美)
ふと覚めし雪夜一生見えにけり(村越化石)
日本シリーズ釣瓶落としにつき変わり(ねじめ正一)
なにひとつなさで寝る夜の蛙かな(上村占魚)
秋暑し今も句作に指を折り(松井秋尚)
日時計に影できている月夜かな(鹿又英一)
しづむもの沈めて水の澄みにけり(松本ヤチヨ)
子が問へる死にし金魚の行末をわれも思ひぬ鉢洗ひいて(島田修三)
かぞえいるうちに殖えくる冬の星(上田五千石)
木で見せて川面で見せる桜かな(小竹孝之)
帯締の中を泳げる金魚かな(間渕昭二)
歓喜して夕立の栃しぶくなり(石田波郷)
如月の靴屋の靴の死んだふり(佐山哲郎)
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(芭蕉)
花道に降る春雨や音もなく(渥美清ー風天)
闇に鳴く虫に気づかれまいとゆく(酒井弘司)
たっぷりと美人ぬすみ視んサングラス(田伐平三郎)
極月や父を送るに見積り書(太田うさぎ)
コーヒー店永遠に在り秋の雨(永田耕衣)
低く飛ぶ燕二羽低く飛ぶ(猿人)
フラダンス大地に素足宙に素手(藤崎幸恵)
何もなき道に雀や朝曇り(柴田佐知子)
午後に入り補講の団扇許しけり(田中武彦)
紐解かれ枯野の犬になりたくなし(栄猿丸)
風鈴の一芸つまらなくなりぬ(中原道夫)
更衣晩年にもある好奇心(宮本秀峰)
糠雨や団地に隣る葱畑(山口マサエ)
地物かと問はれて鰻が身をよぢる(白石めだか)
その中の紺を選びし九月かな(木村三男)
行く年やわれにもひとり女弟子(富田木歩)
桔梗や男に下野の処世あり(大石悦子)
神輿いま危き橋を渡るなり(久米正雄)
秋の空外野手フライつかみけり(小澤實)
春愁や箪笥の上の薄埃(源通ゆきみ)
珍しいうちは胡瓜も皿に盛り(作者未詳)
目に見えぬ傷より香る林檎かな(堀本祐樹)
週一日ヨレヨレの身をドヤに置き何思ふなく聞く梅雨のあめ(宇堂健吉)
眉の下剃つてもらひし薄暑かな(戸恒東人)
どことなく傷みはじめし春の家(桂信子)
十六夜や手紙の結びかしこにて(佐土井智津子)
草取りの後ろに草の生えてをり(村上喜代子)
行秋の波の終焉砂が吸ふ(伊藤白潮)
初七日の席順までも書き残した余命告知の兄を想いむ(及川泰子)
炎天やベース正しき野球場(亜うる)
身の丈の暮し守りて冷麦茶(北川孝子)
思ふこと書信に飛ばし冬籠(高浜虚子)
ジャム瓶の蓋の手強き二日かな(玉田春陽子)
鰯雲人を赦すに時かけて(九牛なみ)
納豆の今日は大粒夏は来ぬ(大熊万歩)
無い袖を振つて見せたる尾花哉(森川許六)
燕の子ひとの頭を数へをり(植苗子葉)
美しき言葉遣ひや菊日和(若杉朋哉)
子狐の風追ひ回す夏野かな(戸川幸夫)
冴え返る小便小僧の反り身かな(塩田俊子)
咳をしても一人(尾崎放哉)
腰骨の日灼け具合を較べけり
配達の身幅がほどの雪を掻く(大井公夫)
花衣無くて男の宴かな(谷雄介)
涼風に晒して残る薄き自我(北原喜美恵)
噴水の止まれば取るに足らぬ池(新子禎自)
秋ざくら倉庫とともに運河古る(赤塚五行)
言ひ訳のできぬ物出る土用干(田村米生)
芸のことただ芸のこと寒の梅(花柳章太郎)
先生の話を聞けよ葱坊主(今瀬一博)
炉辺に酌む老いてなほ子に従はず(福井貞子)
蝉鳴くや隣の謡きるる時(二葉亭四迷)
水着買ふ母子その父離れをり(福永耕二)
鉄橋の長さを耳で目借時(渡部節郎)
仙人を落とす太もも小春風(中村湖童)
何もかもこの汗引いてからのこと(岩田桂)
どの子にも涼しく風の吹く日かな(飯田龍太)
尻さむし街は勝手にクリスマス(仙田洋子)
煮蜆の一つ二つは口割らず(成田千空)
死地脱し忘るるを得ず年忘れ(紫微)
ずっしりと水の重さの梨をむく(永六輔)
海の日や灯台守の在りし日々(村中聖火)
北窓を塞ぎ海との情隔つ(仙道房志)
ビヤガーデン話題貧しき男等よ(吉田耕史)
是がまあつひの栖か雪五尺(一茶)
口下手で思ひのたけを文夜長(嶋田摩耶子)
郭公なくや五月のあやめ草あやめも知らぬ戀もするかな