マネキンを下着で立たせ夏に入る(丸井巴水)
菜の花や月は東に日は西に(蕪村)
筍のまことに無骨な荷が着きぬ(山田弘子)
街角の風を売るなり風車(三好達治)
柿ひとつ空の遠きに堪えむとす(石坂洋次郎)
中吊りに求ム旅人夏休み(松枝真理子)
覗く目を逆に覗きし金魚鉢(杉本そうしゅう)
聖夜てふ罪の匂ひのする夜かな(天野きらら)
人違ひのやうに初蝶我を去る(中村正幸)
どこまでが本当の話おでん酒(馬場白洲)
夏草の思うがままの空家かな(三浦貴美子)
飲み干して重くなりたるビアジョッキ(平石和美)
ふと覚めし雪夜一生見えにけり(村越化石)
日本シリーズ釣瓶落としにつき変わり(ねじめ正一)
なにひとつなさで寝る夜の蛙かな(上村占魚)
秋暑し今も句作に指を折り(松井秋尚)
日時計に影できている月夜かな(鹿又英一)
しづむもの沈めて水の澄みにけり(松本ヤチヨ)
子が問へる死にし金魚の行末をわれも思ひぬ鉢洗ひいて(島田修三)
かぞえいるうちに殖えくる冬の星(上田五千石)
木で見せて川面で見せる桜かな(小竹孝之)
帯締の中を泳げる金魚かな(間渕昭二)
歓喜して夕立の栃しぶくなり(石田波郷)
如月の靴屋の靴の死んだふり(佐山哲郎)
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(芭蕉)
花道に降る春雨や音もなく(渥美清ー風天)
闇に鳴く虫に気づかれまいとゆく(酒井弘司)
たっぷりと美人ぬすみ視んサングラス(田伐平三郎)
極月や父を送るに見積り書(太田うさぎ)
コーヒー店永遠に在り秋の雨(永田耕衣)
低く飛ぶ燕二羽低く飛ぶ(猿人)
フラダンス大地に素足宙に素手(藤崎幸恵)
何もなき道に雀や朝曇り(柴田佐知子)
午後に入り補講の団扇許しけり(田中武彦)
紐解かれ枯野の犬になりたくなし(栄猿丸)
風鈴の一芸つまらなくなりぬ(中原道夫)
更衣晩年にもある好奇心(宮本秀峰)
糠雨や団地に隣る葱畑(山口マサエ)
地物かと問はれて鰻が身をよぢる(白石めだか)
その中の紺を選びし九月かな(木村三男)
行く年やわれにもひとり女弟子(富田木歩)
桔梗や男に下野の処世あり(大石悦子)
神輿いま危き橋を渡るなり(久米正雄)
秋の空外野手フライつかみけり(小澤實)
春愁や箪笥の上の薄埃(源通ゆきみ)
珍しいうちは胡瓜も皿に盛り(作者未詳)
目に見えぬ傷より香る林檎かな(堀本祐樹)
週一日ヨレヨレの身をドヤに置き何思ふなく聞く梅雨のあめ(宇堂健吉)
眉の下剃つてもらひし薄暑かな(戸恒東人)
どことなく傷みはじめし春の家(桂信子)
十六夜や手紙の結びかしこにて(佐土井智津子)
草取りの後ろに草の生えてをり(村上喜代子)
行秋の波の終焉砂が吸ふ(伊藤白潮)
初七日の席順までも書き残した余命告知の兄を想いむ(及川泰子)
炎天やベース正しき野球場(亜うる)
身の丈の暮し守りて冷麦茶(北川孝子)
思ふこと書信に飛ばし冬籠(高浜虚子)
ジャム瓶の蓋の手強き二日かな(玉田春陽子)
鰯雲人を赦すに時かけて(九牛なみ)
納豆の今日は大粒夏は来ぬ(大熊万歩)
無い袖を振つて見せたる尾花哉(森川許六)
燕の子ひとの頭を数へをり(植苗子葉)
美しき言葉遣ひや菊日和(若杉朋哉)
子狐の風追ひ回す夏野かな(戸川幸夫)
冴え返る小便小僧の反り身かな(塩田俊子)
咳をしても一人(尾崎放哉)
腰骨の日灼け具合を較べけり
配達の身幅がほどの雪を掻く(大井公夫)
花衣無くて男の宴かな(谷雄介)
涼風に晒して残る薄き自我(北原喜美恵)
噴水の止まれば取るに足らぬ池(新子禎自)
秋ざくら倉庫とともに運河古る(赤塚五行)
言ひ訳のできぬ物出る土用干(田村米生)
芸のことただ芸のこと寒の梅(花柳章太郎)
先生の話を聞けよ葱坊主(今瀬一博)
炉辺に酌む老いてなほ子に従はず(福井貞子)
蝉鳴くや隣の謡きるる時(二葉亭四迷)
水着買ふ母子その父離れをり(福永耕二)
鉄橋の長さを耳で目借時(渡部節郎)
仙人を落とす太もも小春風(中村湖童)
何もかもこの汗引いてからのこと(岩田桂)
どの子にも涼しく風の吹く日かな(飯田龍太)
尻さむし街は勝手にクリスマス(仙田洋子)
煮蜆の一つ二つは口割らず(成田千空)
死地脱し忘るるを得ず年忘れ(紫微)
ずっしりと水の重さの梨をむく(永六輔)
海の日や灯台守の在りし日々(村中聖火)
北窓を塞ぎ海との情隔つ(仙道房志)
ビヤガーデン話題貧しき男等よ(吉田耕史)
是がまあつひの栖か雪五尺(一茶)
口下手で思ひのたけを文夜長(嶋田摩耶子)
郭公なくや五月のあやめ草あやめも知らぬ戀もするかな