黴の中言葉とすればもう古し(加藤しゅうとん)
これからは楽が一番更衣(三宅久美子)
何番の出口を出ても秋の空(加藤かな文)
牛鍋や性懲りもなく人信じ(岡本眸)
耳も眼も歯も借り物の涼さよ(兼谷木実子)
石拾ふことに始まる畠打ち(太田英友)
ホウカン(漢字)の道化窶れやみづっぱな(太宰治)
伸ぶるだけ首を伸ばして鳥帰る(柴田佐和子)
雨いるか雨いらぬかと遠き雷(赤澤皆子)
映りたる顔のひらたき水の秋(森田征子)
世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ(蝉丸)
虫鳴いて裏町の闇やらかはらかし(楠本憲吉)
見張り鴨鳴けば百羽の羽音立つ(中島京子)
老成も若さも遠し梨をむく(深谷義紀)
相席に目涼しく遣はれし(小澤克巳)
海に出て木枯帰るところなし(山口誓子)
一寸一寸帯解いてゆく梨の皮(加藤武)
浴衣にも身八口あり桜桃忌(神蔵器)
足腰の弱き虹立つ師走かな(木村正光)
月照すものより外れ月見舟(林亮)
ちぐはぐに着て梅雨寒を凌ぎけり(浜元さざ波)
帰り来て上着そのほか定位置に戻してやればうれしさうなり(寺松滋文)
紫蘇しげるなかを女のはかりごと(桂信子)
身の丈を知りたる秋の波頭(高橋将夫)
道問へば問はれし人も花の旅(前田きみ子)
さり気なく聞いて身にしむ話しかな(富安風生)
絶対の安堵に死とふ涼しけれ(密門令子)
舵取るはどの神ならむ宝船(入谷一舟)
鷹鳩と化し犬大欠伸する日曜日(二木蓮)
万有引力とはひき合う孤独の力である(谷川俊太郎)
見られいて種出しにくき西瓜かな(稲畑ていこ)
役終えたままのアンテナ夏の雲(千波)
吊革に手首まで入れ秋暑し(神蔵器)
春の雪ひとごとならず消えてゆく(久米正雄)
いかにしてここに入りしかラムネ玉(森川清志)
死ぬために生きてるような老親のために生きてる私つて何(村上明美)
二度三度とまり試して蜻蛉かな(小泉豊流)
年金の引き算ぐらしさんま焼く(吉田安子)
合掌のさま老い母も蜻蛉も(高山瑞恵)
葛の花踏みしだかれて色あたらし。この山道を行きしひとあり(釈超空)
扇風機うしろ寂しき形して(伊藤広平)
物いへば唇寒し秋の風(芭蕉)
フラメンコ靴踏み鳴らし汗飛ばす(宇田紀代)
良き妻を演じて暮らす毎日に消えて無くなる本当の私(米村恵子)
春寒くわが本名へ怒涛の税(加藤しゅうとん)
青梅や昔どこにも子がをりし(甲斐洋子)
秋の空高きは深き水の色(松根東洋城)
とつぐとき過ぎつつ風邪のタイピスト(山口誓子)
金塊のごとくバタあり冷蔵庫(吉屋信子)
取り調べる相手の言葉に嘘があるそう感じつつまずは記録す(松木勝蔵)
構へいし時台風の素通りす(三瀬教世)
犬の子の鳴くに目ざめし霜夜かな(森鴎外)
絵筆買ふ贅沢ゆるす梅咲く日(福永耕二)
一瞬の涼し美人とすれ違ふ(稲木款冬子)
老人のかたちになつて水鼻(みずっぱな)かむ(八田木枯)
過ぎ去つてみれば月日のあたたかし(山田弘子)
四つ折の千円ひらく夜店かな(鶴岡加苗)
某は案山子にて候雀どの(漱石)
誤字ふたつ脱字ひとつや秋暑し(及川永心)
読書とも避暑とも図書館通ひかな(葉月)
今はまだ料理苦手とつぶやいて見合いの席でうつむきし君(有川孝志)
野良猫は逃げ道決めて日向ぼこ(松本ソウシュウ)
いなくなるぞいなくなるぞと残る虫(矢島渚男)
間断の音なき空に星花火(夏目雅子)
吾妹子も古びにけりな茄子汁(尾崎紅葉)
坪畠の夢の不揃ひ葱坊主(湯橋喜美)
発句してわらはせけりけふの月(内藤丈草)
投げられて返せぬ言葉暖炉燃ゆ(みどり)
熱燗の夫にも捨てし夢あらむ(西村和子)
雀子や走りなれたる鬼瓦(内藤鳴雪)
年の瀬や水の流れと人の身は(其角)
あした待たるるその宝舟(大高源吾)
段々と本気になりて水鉄砲(片平るみ)
台風を無事通したる夕日かな(根岸善行)
もの思ふときの雨音秋深む(笹倉さえみ)
たばこ屋の葦簀囲ひの喫煙所(鳳信子)
社会鍋僅かの銭をそつと入れ(塩川雄三)
午後からは頭が悪く芥子の花(星野立子)
書を売つて書斎のすきし寒哉(幸田露伴)
踏切を一滴ぬらす金魚売(秋元不死男)
「おじいさん」として借りらるる運動会(小松誠一)
除け合うて二人ぬれけり露の道(井上井月)
マフラーの裏に小さき英国旗(太田うさぎ)
不得手なる書類作りや半夏雨(中森百合子)
渋柿と烏も知りて通りけり(一茶)
爪染めて梅雨の無リョウ(漢字)を紛らはす(西田鏡子)
蠅叩くには手ごろなる俳誌あり(能村登四郎)
明治節乙女の体操胸隆く(石田波郷)
補陀落も奈落もあらむ虫の闇(根岸善雄)
罠ありと狸に読めぬ札吊し(村上杏史)
露の夜星を結べば鳥けもの(鷹羽狩行)
どんな日になるのか靴の紐が切れ(鈴木柳太郎)
古日傘われからひとを捨てしかな(稲垣きくの)