(巻十三)立読抜盗句歌集

黴の中言葉とすればもう古し(加藤しゅうとん)
これからは楽が一番更衣(三宅久美子)
何番の出口を出ても秋の空(加藤かな文)
牛鍋や性懲りもなく人信じ(岡本眸)
耳も眼も歯も借り物の涼さよ(兼谷木実子)
石拾ふことに始まる畠打ち(太田英友)
ホウカン(漢字)の道化窶れやみづっぱな(太宰治)
伸ぶるだけ首を伸ばして鳥帰る(柴田佐和子)
雨いるか雨いらぬかと遠き雷(赤澤皆子)
映りたる顔のひらたき水の秋(森田征子)
世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ(蝉丸)
虫鳴いて裏町の闇やらかはらかし(楠本憲吉)
見張り鴨鳴けば百羽の羽音立つ(中島京子)
老成も若さも遠し梨をむく(深谷義紀)
相席に目涼しく遣はれし(小澤克巳)
海に出て木枯帰るところなし(山口誓子)
一寸一寸帯解いてゆく梨の皮(加藤武)
浴衣にも身八口あり桜桃忌(神蔵器)
足腰の弱き虹立つ師走かな(木村正光)
月照すものより外れ月見舟(林亮)
ちぐはぐに着て梅雨寒を凌ぎけり(浜元さざ波)
帰り来て上着そのほか定位置に戻してやればうれしさうなり(寺松滋文)
紫蘇しげるなかを女のはかりごと(桂信子)
身の丈を知りたる秋の波頭(高橋将夫)
道問へば問はれし人も花の旅(前田きみ子)
さり気なく聞いて身にしむ話しかな(富安風生)
絶対の安堵に死とふ涼しけれ(密門令子)
舵取るはどの神ならむ宝船(入谷一舟)
鷹鳩と化し犬大欠伸する日曜日(二木蓮)
万有引力とはひき合う孤独の力である(谷川俊太郎)
見られいて種出しにくき西瓜かな(稲畑ていこ)
役終えたままのアンテナ夏の雲(千波)
吊革に手首まで入れ秋暑し(神蔵器)
春の雪ひとごとならず消えてゆく(久米正雄)
いかにしてここに入りしかラムネ玉(森川清志)
死ぬために生きてるような老親のために生きてる私つて何(村上明美)
二度三度とまり試して蜻蛉かな(小泉豊流)
年金の引き算ぐらしさんま焼く(吉田安子)
合掌のさま老い母も蜻蛉も(高山瑞恵)
葛の花踏みしだかれて色あたらし。この山道を行きしひとあり(釈超空)
扇風機うしろ寂しき形して(伊藤広平)
物いへば唇寒し秋の風(芭蕉)
フラメンコ靴踏み鳴らし汗飛ばす(宇田紀代)
良き妻を演じて暮らす毎日に消えて無くなる本当の私(米村恵子)
春寒くわが本名へ怒涛の税(加藤しゅうとん)
青梅や昔どこにも子がをりし(甲斐洋子)
秋の空高きは深き水の色(松根東洋城)
とつぐとき過ぎつつ風邪のタイピスト(山口誓子)
金塊のごとくバタあり冷蔵庫(吉屋信子)
取り調べる相手の言葉に嘘があるそう感じつつまずは記録す(松木勝蔵)
構へいし時台風の素通りす(三瀬教世)
犬の子の鳴くに目ざめし霜夜かな(森鴎外)
絵筆買ふ贅沢ゆるす梅咲く日(福永耕二)
一瞬の涼し美人とすれ違ふ(稲木款冬子)
老人のかたちになつて水鼻(みずっぱな)かむ(八田木枯)
過ぎ去つてみれば月日のあたたかし(山田弘子)
四つ折の千円ひらく夜店かな(鶴岡加苗)
某は案山子にて候雀どの(漱石)
誤字ふたつ脱字ひとつや秋暑し(及川永心)
読書とも避暑とも図書館通ひかな(葉月)
今はまだ料理苦手とつぶやいて見合いの席でうつむきし君(有川孝志)
野良猫は逃げ道決めて日向ぼこ(松本ソウシュウ)
いなくなるぞいなくなるぞと残る虫(矢島渚男)
間断の音なき空に星花火(夏目雅子)
吾妹子も古びにけりな茄子汁(尾崎紅葉)
坪畠の夢の不揃ひ葱坊主(湯橋喜美)
発句してわらはせけりけふの月(内藤丈草)
投げられて返せぬ言葉暖炉燃ゆ(みどり)
熱燗の夫にも捨てし夢あらむ(西村和子)
雀子や走りなれたる鬼瓦(内藤鳴雪)
年の瀬や水の流れと人の身は(其角)
あした待たるるその宝舟(大高源吾)
段々と本気になりて水鉄砲(片平るみ)
台風を無事通したる夕日かな(根岸善行)
もの思ふときの雨音秋深む(笹倉さえみ)
たばこ屋の葦簀囲ひの喫煙所(鳳信子)
社会鍋僅かの銭をそつと入れ(塩川雄三)
午後からは頭が悪く芥子の花(星野立子)
書を売つて書斎のすきし寒哉(幸田露伴)
踏切を一滴ぬらす金魚売(秋元不死男)
「おじいさん」として借りらるる運動会(小松誠一)
除け合うて二人ぬれけり露の道(井上井月)
マフラーの裏に小さき英国旗(太田うさぎ)
不得手なる書類作りや半夏雨(中森百合子)
渋柿と烏も知りて通りけり(一茶)
爪染めて梅雨の無リョウ(漢字)を紛らはす(西田鏡子)
蠅叩くには手ごろなる俳誌あり(能村登四郎)
明治節乙女の体操胸隆く(石田波郷)
補陀落も奈落もあらむ虫の闇(根岸善雄)
罠ありと狸に読めぬ札吊し(村上杏史)
露の夜星を結べば鳥けもの(鷹羽狩行)
どんな日になるのか靴の紐が切れ(鈴木柳太郎)
古日傘われからひとを捨てしかな(稲垣きくの)