(巻十四)立読抜盗句歌集

誰彼に似し雲の貌夏負けす(渡邉友七)
如月の小便小僧渇き切る(常見知生)
秋さびしおぼえたる句を皆申す(炭太祇)
恐るべき八十粒や年の豆(相生垣瓜人)
考える蟻あり少し列乱す(閑田梅月)
たましいのたとへば秋のほたるかな(飯田蛇笏)
分からない道が分かれる春の山(秋尾敏)
炎天を来て一水を身に通す(小澤克巳)
虫売の黙つて虫を鳴かせけり(明隅礼子)
目の高い人に拾はる彩落葉(丸山佳子)
壮年にしづかに兆す悲しみやある日の風はわが肩ゆ立つ(春日井建)
夏負けて鬼城の叱咤浴ぶごとし(大橋敦子)
芭蕉忌や我に派もなし伝もなし(正岡子規)
バナナ食ふ女のエゴはゆるすべし(行方克巳)
みえねども指紋あまたや種袋(小宅容義)
髪すく(漢字)や鏡の中の秋の風(有働亨)
理髪師に頭預けて目借時(斎藤秀雄)
浮き世とや逃げ水に乗る霊柩車(原子公平)
菜の花を挿すか茹でるか見捨てるか(櫂未知子)
如月や日本の菓子の美しき(永井龍男)
吹かれ来し野分の蜂にさされたり(星野立子)
名月やマクドナルドのMの上(小沢麻結)
夏痩せて日記の余白目立けり(広瀬米)
人間は管より成れる日短(川崎展宏)
嘘つくとおしやべりになる冬の星(遠藤きよみ)
灯を消せば涼しき星や窓に入る(夏目漱石)
師の芋に服さぬ弟子の南瓜かな(平川へき)
追伸に大事を告ぐる寒見舞(洞庭かつら)
激情や栞の如き夜這星(又吉直樹)
死ぬのはいや蟻がむらがる蝶を見て(死刑囚某)
逃げ道の手筈ととのひ鬼やらひ(今西ひろえ)
立読みのつづきは明日夏の月
ぶらんこに背広の人や漕ぎはじむ(林雅樹)
鍋もっておでん屋までの月明り(渥美清ー風天)
海鳥の取り落す餌や大南風(依光陽子)
うしろ手を組んで桜を見る女(京極きよう)
鯉幟影のじたばたしていたり(山田真砂年)
地に還るまで風を染め冬紅葉(山田弘子)
音粗き迷子放送かき氷(大塚凱)
芍薬や枕の下の金の減りゆく(石田波郷)
紙魚ならば棲みても見たき一書あり(能村登四郎)
男なら味噌煮と決めよ秋の鯖(吉田てい史)
餠間のピザの出前もよからずや(尾亀清四郎)
あるがままけん介にして涼新た(福田明)
五十なほ待つ心あり髪洗ふ(大石悦子)
西暦でいくさの話生身魂(長田久子)
変人が三人集つて日が永し(藤村青明)
朝貌や惚れた女も二三日(漱石)
露の世の洗ひ続けて箸茶碗(橋本喜美枝)
八月のからだを深く折りにけり(武井清子)
物として我を夕焼に染めにけり(永田耕衣)
忘れ物逆にたどれば枯れ尾花(佐々紀代)
このをとこ風に吹かれて尖りいる(富澤赤黄男)
職人の長い一服紫木蓮
父は子に家持という名を付けた旅人という名の錘のように(星ひかり)
鰯雲人に告ぐべきことならず(加藤しゅうとん)
汗の香の違ふテニス部ラグビー部(木暮陶句郎)
去る社員残る社員や大石忌(竹田元生)
涼風の一塊として男来る(飯田龍太)
木と生まれ俎板となる地獄かな(山田耕司)
冬深しときどき夢に驚いて(矢島渚男)
秋の空ながめてをれば無きごとし(松本邦吉)
黙祷を解きて日傘の人となり(紙飛行機)
不知火やコインで擦るまでの夢(谷口智行)
身の内に悪しき細胞宿す吾がそれに負けたる死者の葬儀す(岡田独甫)
羅に透けるおもひを怖れをり(櫛原希伊子)
やけに効くバレンタインの日の辛子(三村純也)
のらのらと生きて立夏のうすき汗(大木あまり)
町落葉何か買はねば淋しくて(岡本眸)
「ねばならぬ」が何も無い日のこの自由定年恐れた自分をわらう(小野田多満)
芋虫の一夜の育ち恐ろしき(高野素十)
被害妄想者そこらを散歩冬の蝶(山口青頓)
織部から唐津にそそぐとろろ汁(永六輔)
耳うちの耳のあたりの秋の風(城孝子)
半袖の若きナースや十二月(えんや)
新井家とともに昭和を生きし蚊帳(あらいひとし)
ひつぱつてひつぱつて脱ぐ汗のシャツ(北村和久)
上野出て午後は枯野を走る汽車(今瀬剛一)
東京湾一景にして秋の風(あきのり)
願ふことあるかもしらず火取虫(土方歳三)
をりとりてはらりとおもきすすきかな(飯田蛇笏)
愚かなるテレビの光梅雨の家(高柳克弘)
定規あてひく直線の涼しさよ(吉岡泰山木)
気象士の棒細くして寒波かな(涼)
少年老いたり妖怪をなほ友として(坂戸淳夫)
贋作を掛けて端午の祝いかな(増田河郎子)
もつ焼きの煙る神田の残暑かな(堀田福朗)
登舷礼やや汚れたる白靴も(竹岡優一)
鯛焼は鯛焼同士ぬくめ合ふ(大牧広)
閑人の来て耕人の手を止むる(黒木豊)
鳥葬図見た夜の床の腓(こむら)返り(伊丹三樹彦)
湯豆腐や隠れ遊びもひと仕事(小沢昭一)
童貞や根岸の里のゆびずもう(仁平勝)
うしろすがたのしぐれてゆくか(種田山頭火)
街路樹の影黙々と保税地区(榎島砂丘)
にんげんの男に預け浮袋(高澤晶子)
老い手に水を束ねる晩夏かな(浅井一郎)
青春の終わりを告げる蜩や(大久保桃花)