(巻十五)パソコンの文字のゆらぎや目借時(久保田かなめ)

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6月15日木曜日

朝の路上で毛虫を見つけた(写真)。朝の会社の通路で百円玉が落ちているのを見つけた(写真)。
毛虫も拾わなければ、百円玉も拾わない。

うつむいて歩けば桜盛りなり(野坂昭如)


眼を送る転ばぬ先の銭毛虫(潤)

要するに、爺くさく下を向いて歩いていると云うことか!

老人のかたちになつて水鼻かむ(八田木枯)

王貞治さんが756号を打ってから40年ですか?一昨日がその記念日だと云うことで王貞治さんがちょっとだけNHK・BSの巨人ー福岡戦の放送に登場していた。756号のことになると王さんは必ず被本塁打投手であった鈴木康二郎投手のことを暖かく話される。

花を見る目配りにさへお人柄(高澤良一)

久し振りにNHKラジオ第二放送のカルチャーラジオを聴講した。木曜日に「俳句の変革者たち ー 正岡子規から俳句甲子園まで (講師ー青木亮人愛媛大学准教授)」が放送されていることを先週まで気が付かず、随分と勿体ないことをしてしまった。
先週は種田山頭火森澄雄飯田龍太を題材にして自分探しの旅と俳句・カルチャーセンター俳句の興隆と講座指導者としての俳人、分かり易い俳句の広がりを拝聴したが、よいお話であった。
今夜は80年代90年代の俳句界のお話を聞いている。“野暮から洗練へ”の時代だそうだ。草田男や健吉などの“目利き”が消えた時代だそうです。また俳句雑誌が沢山発刊された時代だそうです。続いて話は裾野の広がりと質の問題から、技巧的に高度な俳句甲子園に移った。

俳諧道五十三次蝸牛(加藤郁乎)