(巻十六)立読抜盗句歌集

焼芋の固きをつつく火箸かな(室生さい星)
昼寝起きれば疲れた物のかげばかり(尾崎放哉)
昼飯に少し間のあり栗拾う(赤星水竹居)
倉庫より高く荷を積み十二月(山本春海)
淋しさにつけて飯くふ宵の秋(夏目成美)
マネキンが遠いまなざしして水着(西原天気)
今何をせむと立ちしか小鳥くる(ふけとしこ)
団栗の己が落葉に埋れけり(渡辺巴水)
地を潜り銀座の針魚(さより)食いにけり(高見勝)
北風や電飾の鹿向き合うて(丹治美佐子)
不健全図書を世に出しあたたかし(松本てふこ)
秋雨や俵編む日の藁一駄(河東碧梧桐)
年寄りの腰や花見の迷子札(一茶)
盆やすみ油彩の巴里にあそびけり(大島民郎)
昼酒の許されてをり初えびす(橋本好宏)
目を閉じて無念にあれば涼しかり(阿部みどり女)
渋柿の滅法生りし愚かさよ(松本たかし)
寒の坂つまづきたるをひとりごと(岸田稚魚)
秋風やなまあたたかき札の束(和田耕三郎)
どうしても積もる積りの春の雪(塚本一夫)
片耳は蟋蟀に貸す枕かな(三笑亭可笑)
秋風やあとから気付くこと多し(加藤あや)
刺身の妻ほどの妻欲し秋時雨(戸恒東人)
末枯(うらがれ)をきて寿司だねの光もの(波多野爽波)
カビ宿り加筆あまたの豆辞典(せんそう)
驕りいし人には見えず秋の虹(大牧広)
人参は丈をあきらめ色に出づ(藤田湘子)
傾城のうすき眉毛や春の暮(松瀬青々)
畑打つや中の一人は赤い帯(森鴎外)
長生きもそこそこでよし捨扇(副島いみ子)
下駄の歯の斜めに減りて秋の暮(辻享子)
クリスマス昔煙突多かりし(島村正)
賢(さか)しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし(大伴旅人)
酒となる間の手もちなさ寒さ哉(井上井月)
笑ひ茸食べて笑つてみたきかな(鈴木真砂女)
万の眼の白球追うて夏の雲(大矢恒彦)
地に在りて毬栗しかと刺さむ貌(新井三七ニ)
稲妻や白き茶わんに白き飯(吉川英治)
案外と野分の空を鳥飛べり(加藤かな文)
最晩年身を焼く火事も思し召し(平川陽三)
むかしほど雨の音せず新豆腐(永作火童)
日のくれぬひはなけれどもあきの暮(井上士郎)
をみなとはかかるものかと春の闇(日野草城)
手酌にて酒場の隅に酌む地酒ほろりほろりと秋は深まる(光畑勝弘)
みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな(源氏物語)
小鳥来て午後の紅茶のほしきころ(富安風生)
和を以て疲れ果てたる敬老日(日下光代)
くさめして我は二人に分かれけり(阿部青あい)
手袋を脱いで握りし別れかな(川口松太郎)
夕焼けて西の十万億土透く(山口誓子)
鶯やそつと物干ス縁の先(横井也有)
世の隅の闇に舌出す烏貝(北光星)
流れ星恋は瞬時の愚なりけり(富士真奈美)
徘徊の父と無月の庭に立つ(柴田千晶)
仕事着の男ばかりの月見かな(菊池義春)
雪吊や旅信を書くに水二滴(宇佐美魚目)
死支度致せ致せと桜かな(小林一茶)
ぬぎすてよ人の心の蛇の衣(井上井月)
新涼や夏炉冬扇の如き仁(足立威宏)
点滴の落つ先に見ゆ夏の雲(坂東彌十郎)
秋風や歩くと決めしときにバス(稲垣きくの)
猪突して返り討たれし句会かな(多田道太郎)
逆立ちをして春愁の血を正す(津田このみ)
眼を先へ先へ送りて蕨採る(右城暮石)
鶯もこちらへござれお茶ひとつ(村上元三)
月をこそながめなれしか星の夜の深きあはれをこよひ知りぬる(建礼門院右京大夫)
稲妻や世をすねて住む竹の奥(永井荷風)
牡蠣というなまめくものを啜りけり(上田五千石)
冷酒や亜流に生きて心地好し(小野富美子)
胸張つて木枯を呼ぶ素老人(佐藤鬼房)
看護婦にころがされつつ更衣(小山耕一路)
石二つ相寄るごとし秋のくれ(原石てい)
どつちみち妻が長生きふぐ白子(西村浩風)
きめられた酒を大事に鉦叩(橘棟九郎)
手をあげて足をはこべば阿波踊り(岸風三楼)
まだ夫に試験のありて夜食かな(萩谷幸子)
賤の男が片岡しめて住む宿をもてなすものは夕顔の花(慈円)
雨蛙めんどうくさき余生かな(永田耕衣)
足袋はくやうしろ姿を見られつつ(大野林火)
枝少し鳴らして二百十日かな(尾崎紅葉)
市民課に朱肉を借りる五日かな(大畑善昭)
春の闇自宅へ帰るための酒(瀬戸正洋)
稲妻や笑ふ女にただ土下座(正津勉)
ひやひやと登りて狭き手術台(太田うさぎ)
芋売は銭にしてから月見かな(横井也有)
銀行の金庫を閉めて年終る(貝啓)
憎まるる役をふられし小春かな(伊志井寛)
次つぎに木の名を告げて先を行く君の背より生るる山道(染野太朗)
冬枯や巡査に吠ゆる里の犬(正岡子規)
足跡もともに消けり春の雪(小寺佳光)
夜回りを労ふ狐のかくし酒(佐怒賀正美)
新緑やうつくしかりきひとの老い(日野草城)
煤逃によき図書館の遠さかな(大矢恒彦)
死を遁れミルクは甘し炉はぬくし(橋本多佳子)
呑むために酒呑まない日四月馬鹿(的野雄)
三尺の庭石蕗の花明るうす(稲畑廣太郎)
アジフライにじゃぶとソースや麦の秋(辻桃子)
捨畑の取り込まれゆく枯野かな(方舟)
老いの知恵、老いの品格平積みの老いを売る紀伊国屋書店書店(高尾文子)