緑なす松や金欲し命欲し(石橋秀野)
セーターを手に提げ歩く頃が好き(副島いみ子)
人を待つ人に囲まれ聖誕樹(杉良介)
夕立やふりそこないて雲の峰(志太野坡)
秋薔薇や彩(いろ)を尽して艶(えん)ならず(松根東洋城)
門近く酒のいばりすきりぎりす(木下杢太郎)
風のみちここぞと決めて三尺寝(岡野俊治)
木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ(加藤しゅうとん)
一年早く辞める話も出て熱燗(柏倉ただを)
遠ざかる人と思ひつ賀状書く(八牧美喜子)
どの顔もあとは死ぬだけ土瓶蒸(あらいひとし)
寝に帰る人をねぎらふちちろ虫(村越化石)
木枯の着いたところが地下酒場(東金夢明)
鼻風邪本格的に本格化(塩見恵介)
柿食ふやすでに至福の余生かも(結城昌治)
大マンションの影の内なり盆の町(関悦史)
飛行機の一灯過る月見かな(新津富子)
隅占めてうどんの箸を割損ず(林田紀音夫)
水を打つ曲りさうなるこころにも(しょうごななみ)
いささかのしあわせにいて秋灯(安藤鶴夫)
初髪の尻階段をのぼりゆく(柳屋小三治)
借銭の山に住む身の静けさは二季よりほかに訪ふ人も無し(大根ふとさ)
秋草を活けて荒野を垣間見る(市掘玉宗)
鯛焼やいつか極道身を離る(五所平之助)
傘も化て目のある月夜哉(与謝蕪村)
趣味嗜好昼寝の夢も老いにけり(矢野?)
大年の富士見てくらす隠居かな(池西言水)
石にかけて痺れし尻や鳥渡る(内田百聞)
寝支度の金魚がひとつ泡を吐き(本庄登志彦)
襖絵の虎の動きや冬の寺(斉藤洋子)
梅咲いて人の怒の悔もあり(内藤露せん)
プライドを終の施設に捨てし夏(春山久米)
おごそかに箸をそろえてうす粥の上に卵の黄身を落とす(山崎方代)
月の舟池の向ふへつきやりて(井上士郎)
行年に見残す夢もなかりけり(永井荷風)
仁侠の地の木枯や叫ぶごと(吉田未灰)
翻訳の辞書に遊ばす木の実独楽(角谷昌子)
双眼鏡のなか一閃の鷹渡る(高岡敏子)
酔ひそぞる天には冬の月無言(吉田類)
雷が落ちてカレーの匂ひかな(山田耕司)
つつまれていて薔薇の香を忘れをり(今橋真理子)
学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地(小沢信男)
ひた走る馬は賭けられ菊の前(小泉八重子)
月光や気恥かしきは過去すべて(伊藤壽子)
木に置いて見たより多き落葉哉(横井也有)
独りとはかくもすがしき雪こんこん(瀬戸内寂聴)
しぐれ来て一振り多き七味かな(公望)
冬服着る釦ひとつも遊ばせず(大牧広)
子の暗き自画像に会ふ文化祭(藤井健治)
天ぷらの海老の尾赤き冬の空(波多野爽波)
道化師に晩年長し百日紅(仁平勝)
自己流に生きぬと一と筆雪の果(真夏出来男)
耳聡き汝の耳も紅葉せよ(大木あまり)
うつし世の負目みな持つ夕端居(伊藤孝一)
一息を入れるつもりで蜜柑むく(服部康人)
節分や灰をならしてしづごころ(久保田万太郎)
この世をばどりやお暇に線香の煙とともに灰左様なら(十返舎一九)
聞き置くと云う言葉あり菊膾(中村てい女)
甚平やそろばん弾く骨董屋(大串若竹)
うつくしや鰯の肌の濃さ淡さ(小島政二郎)
四ッ木立石葭切が鳴き湯屋あがり(宮津昭彦)
眠らねば船出はならじ宝船(小川匠太郎)
夕立は貧しき町を洗ひ去る(松瀬青々)
重ね着の中に女のはだかあり(日野草城)
蓋開けて電池直列春寒し(奥地まや)
啄木忌また廃刊となる雑誌(杉浦晶子)
生まるれば遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな(大伴旅人)
春寒や別れ告げられ頬打たれ(正津勉)
銀行に口座開きて入学す(堀之内和子)
病癒えず蹲る夜の野分かな(夏目漱石)
叱られて拗ねたる夫の端居かな(内田歩)
罰よりも罪おそろしき絵踏かな(野見山朱鳥)
初雁にわが家月番の札かけて(吉屋信子)
朝寒や白粥うまき病上がり(日野草城)
浴衣着て言葉やはらぐ夕べかな(早川典子)
どちらへもころがる運や櫟の実(高橋将夫)
生身魂せつなきときは早く寝る(小林たけし)
永き日や目のつかれたる海の上(炭太祇)
隣家とは近くて遠き石蕗の花(保田英太郎)
一樹のみ黄落できず苦しめり(穴井太)
汽車道の広告札や麦の花(寺田寅彦)
裁かるる悪にはあらねどそぞろ寒む(富安風生)
盗めよと盗んでみよと薔薇真紅(神野志季三江)
なりそめは帰省列車の手弁当(細谷定行)
トーストで済ます朝食夏つばめ(羽吹利夫)
長寿税有るやも知れず亀鳴ける(伊藤杯紅)
仕事しに行くかマフラー二重巻(津高里永子)
名月や雲の配置に余情あり(福島テツ子)
水洟や仏観るたび銭奪られ(草間時彦)
街灯の今宵は消えよ春の月(林翔)
鯛焼を欲り哲学者老いにけり(鍵和田ゆう子)
うそ寒や夜更寝余る病み上り(安斉桜カイ子)
浮腰となりし烏や柿紅葉(皿井旭川)
世を忘れ菊の枕に沈みいる(橋本憲明)
冷まじや酒にぶつける喉仏(星野良一)
ネクタイをする日しない日いてふ散る(草間時彦)
歳時記は秋を入れたり旅かばん(川崎展宏)
バレンタインデーか中年は傷だらけ(稲垣きくの)
くしやみしてまた読む徒然草愛し(甲藤卓雄)