(巻十八)三伏や弱火を知らぬ中華鍋(鷹羽狩行)

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3月13日火曜日

右の奥歯の痛みもかなり癒えてソーセージくらいまでは噛めるようになった。しかしソーセージを挟んでいるフランスパンにはまだ手をやいている。

前にある映画館の予告ポスターが「おみおくり」になった。上映中は「おもてなし」です。映画の題名には流行りがあるのでしょうが、没個性でもありますなあ。

仏壇に置かれた友のガラケー
バイブで知らすメールの着信(小島敦)

映画も見ないで軽率なコメントだとお叱りを受けるかもしれない。が、予告ポスターだから推し量りようがない。鑑賞したあとで“ぴったし”の題名だったね、と語り合うことを想定もしていまい。

帰宅途中に細君から買い物を頼まれた。ジャガイモは8個買ってらっしゃいとのことだ。息子が戻ると買い物も増える。
その細君が食卓に朝日俳壇を持ってきてくれた。

ポストまで春の一句と歩きけり(鬼形のふゆき)

を巻三十六の最後の一つ前に書き留め、

二もとの梅の遅速を愛す哉(蕪村)

で締めた。

巻三十六はもはや想定外の巻きであるからご紹介は叶わないであろう。
おみおくりは無用でござる。”

そして更に彼方となる巻三十七は

ざらしを心に風のしむ身哉(芭蕉)

で始め、

妄想の世界を記す日記買ふ(江島照美)  

と続けた。

江島氏の句は沁みて刺す。

仮の世の真理に触れて卒業す(木田たくろう)

と通じるものありとして鑑賞した。