(巻十八)すでにして己れあざむく日記買ふ(岡本眸)

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3月23日金曜日

朝の喫煙場所で若者が三人で自炊話をしていた。この4月入社のようで入社前の研修中のようである。親許からの通勤ではなく地方から就職で上京した三人のようである。米は実家から送ってくれるとか、包丁の使い方とかの話であった。
今はまだそれほどの残業もなく自炊ができるのだろうが、寝るのがやっとというようなことになっても食事に気をつけて身体を壊さないようにね。

菜飯炊く使ひ勝手の悪き釜(中島信也)

水上勉の「そばの日々」と云う随筆を文春文庫『そばとわたし』からコチコチした。そばと云うと“一杯の掛け蕎麦”をおもいだすが、この“そばとわたし”も全体に美談調である。何れ載せます。

綺麗事並べて春の卓とせり(櫂未知子)

さて次は少し古典調に戻ろうと思い、日本近代随筆選から、『「老」の微笑-中村光夫』を選んだ。

島崎藤村の「飯倉だより」の巻頭に、「三人の訪問者」という文章があります。「冬」「貧」「老」の象徴的人物が訪ねてきたという形で、中年から老境に移って行く心境を語ったもので、人生とはこんなものなのかと感心した記憶がありますが、今度読みかえしてみて、やや別の感想をもちました。

が出だしです。
老病死がテーマですから暗い。でもコチコチと先に進むのが楽しみな文章ではあります。

死支度致せ致せと桜かな(小林一茶)

金曜日であり、青砥にまわり一杯としたが、青砥に近づきを見ると葛飾区の青戸・亀有・奥戸の辺りの上空にだけ傘を被ったように黒雲が広がっていた。
雲の広がりだけでなく色々なことが作用しているのだろうが、心は重く、酎ハイは旨くなく、私は酔えず、さっさと切り上げた花金でありました。

酔ひたい酒で酔へない私で落椿(種田山頭火)

生協で頼まれ物を買い、これから帰宅しますとメールを入れて、5分かからずにドアに近づくと細君が自動ドアの如く内側からドアを開けてくれた。例え1分でも靴箱の前で帰りを待ち構えて居てくれる細君がいる。何で私は落ち込んでいるであろう?

連添うて宝なりけり秋扇(加藤郁哉)

*季語までは合わせられませんでした。

元気回復にはノロケが一番だ~い!