3/3「戦前の面影をたずねて - 吉村昭」文春文庫 東京の下町 から

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3/3「戦前の面影をたずねて - 吉村昭」文春文庫 東京の下町 から



国際通りに出た私は、或る画材店をたずねてみようと思い立ち、タクシーに乗った。
その画材店は、少年時代、しばしば眼にし、忘れがたいものになっている。家から上野公園にゆくには、谷中墓地を通り、言問通りを横切って東京美術学校へ通じる細い道をぬける。その道の左側に画材店があった。和風の仕舞屋が並ぶ中に、異国風の画材店はひどく印象的で、通るたびに店の中に視線を走らせた。絵の具以外に額、画架などが置かれ、時には画家らしい老齢の人が店の人と話をしているのを眼にしたこともあった。
十日ほど前、大阪で一泊した私は、夜、過去に三度行ったことのある「くーる」というバーに足をむけた。親しい編集者の従妹が経営しているバーで、大阪在住の作家や大学教授がよく姿をみせるらしい。その夜も美学関係の教授が連れの人と入ってきたが、私の隣りに坐った人と言葉を交わすうちに、大学時代顔見知りであった大河内菊雄氏であることを知って驚いた。三十年ぶりの邂逅(かいこう)であった。氏の父君は洋画家の故大河内信敬氏、妹さんは俳優の河内桃子さんで、美術学校に近い谷中にある瀟洒(しょうしゃ)な洋館に住んでいた。
私は、氏と話を交わしているうちに細い道にあった画材店のことを口にし、それが浅尾払雲堂で、現在も営業していることを知った。
氏の話が頭にうかび、その画材店を見てみたくなったのである。
タクシーが旧美術学校前をすぎ、突き当りでとまった。
私は、谷中墓地へ通じる細い道に四十年ぶりに足をふみ入れた。道は当時のままで、変っていると言えば一方通行の道を車がひんぱんに通っていることであった。画材店の建物は、当然のことながらすっかり古びていたが、記憶通りの場所にあった。恐るおそる眼をむけて通った少年の頃のことが、鮮明にうかび上った。
思いきって店に入り、若い人に話しかけると、年輩の店主が出てきて、隣接した事務室に案内してくれた。店の建物は明治末期に建てられたもので、震災後、その建物を買って画材店をひらき、現在に至っているという。
「この近くには画家、彫刻家が多く住んでおられましてね」
と言って、店主は大きな紙を持ってきた。そこには、谷中、日暮里の略図にそれらの人の住んでいた家が記入されていた。私の知っている名だけでも、洋画家で小磯良平、大河内信敬、野間仁根、布施信太郎、田代光氏、日本画で児玉希望、岩田正巳、望月春江、池上秀畝、彫刻家木内克、平櫛田中(ひらくしでんちゅう)、藤川勇造ら。その他、作家の川端康成宇野浩二岸田国士、詩人のサトウハチロー氏らの名もある。むろん、画家たちの画材は、その店で斡旋していた。
動物園に近いので、昭和十一年の黒ヒョウ脱走事件についてきくと、近くの病院の院長浜野太吉氏が、猟を趣味にしていたので猟銃を手に出掛けたという。マンホールの中にひそんでいた黒ヒョウを、動物園の人が追いつめて檻に入れた方法も話してくれた。
日没がせまっていて、画材店を辞した。
私は、上野広小路に足を向けた。
中学生時代、放課後、画材店の前の道をすぎて上野公園をぬけ、広小路に行った。上野の山からおりた右側に上野日活があり、そこでも映画を観たが、足をむけたのは寄席の鈴本だった。畳敷きの客席が椅子席になってからは数回入っただけで、今では前を通るだけになっている。老舗「酒悦」には、今でも立ち寄って福神漬を買う。四つ角を横切って右の家並に入ると、同じ露地に落語家の桂文楽古今亭今輔師匠の家があって、大学の古典落語研究会の出演依頼で数度おたずねしやことがある。
母に連れられて、御徒町駅で降り、百貨店の松坂屋へ買物によく行った。数年前に入ってみると、むろん店内は改装されていたが、エレベーターだけが戦前と同じであるのになつかしさをおぼえた。母は、松坂屋を出ると、広小路を上野駅まで買物をしながら歩くのを習わしにしていた。必ず立寄るのが、永藤パンであった。駄菓子を口にして疫痢などになることを恐れた母が、衛生的に少しの不安もない永藤の洋菓子を買って私と弟にあたえるのである。永藤の代表的な菓子は、卵パンであった。
私は、今でもあるその店の前でタクシーから降りた。永藤がナガフジになっている。
店に入った私の眼に、透明な袋に入った卵パンが映った。形も色も変らず、色艶が戦前のものより増し、うまさも加わっているらしい。買おうか、と思ったが、やめにした。息子も娘もすでに社会人になっていて、喜んで食べる年齢ではない。私にしても、それは子供の頃の美味な菓子として記憶の中にとどめておきたい気持ちであった。
店内には、洋菓子以外に食パン、フランスパンなどさまざまなパンが陳列されていた。ドイツパンの前に置かれた皿に、それを薄く切ったものが味見用にのせられている。私は、そうしたものを口にしたことはないが、子供の頃なじんだ店ということもあって自然に手をのばし、一片つまんで口に入れた。
味が良く、買って帰ろうか、と思ったが、編集者と酒を飲む予定があり、パンをかかえて夜の街を歩くのも妙なので、いずれ、また、と思い直した。
私は、再び卵パンに眼をむけながら人の往き交う歩道に出た。