「日本漂流ー小松左京」 ケイブン社文庫 おえらびください から

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日本漂流
ー 長篇のためのプロット。デテイルを想像してお読み下さい。

長野県M町 -
この千曲川ぞいの古戦場川中島の近くにある小さな町が、最近かくも日本国中に有名になってしまった原因は - もはやいうまでもあるまい。この町が、最近数年間、毎日ひっきりなしに大小の地震におそわれ、中には震度五をこえる強震までまじっており、町の人々は戦戦兢兢、小学校では常に避難訓練をおこたらず、いつの日か、千曲川地震がおこるのではないかと、周辺の上田、長野などの大都市もおびえ、それがやがて、富士火山帯地震説、関東大地震説ととめどもなく発展していって、日本全体に、漠然たる不安をよどませていったためであった。
これによって、国内に地震に対する関心が急に高まり、その関心を背景に、地震観測 予報研究のための国家予算を獲得することができたのは、地震学界にとって、まことに御同慶のいたりふぁったが - 関心が高まろうが、ニュース種がふえて報道陣がよろこぼうが、地震予報研究の予算がつこうが、肝心のM町の地震そのものはいっこうおさまらず、原因もわからなければ、先行きどうなるかということもまるでわからなかった。
「とにかく、ボーリングをやって見よう」
という話が、もち上がったのは、それからまもなくだった。
M町の地震は、ごくかぎられた地域内に影響のおよぶ、局地性の浅発地震で、震源はごく浅く、観測の結果からすれば、M町の地下、わずか五キロメートルぐらいの所に震源がある。
ごぞんじだろうが、地震震源というのは、いっぱんに地下六十キロメートルより浅い所にある浅発性震源、六十キロメートルから三〇〇キロメートルぐらいまでに分布する中発性震源、三〇〇キロメートル以上の深い所にある深発性震源とわかれているが、被害の大きいのは浅発性地震で、影響範囲のひろいのは、深発性である。 - ちなみに、日本列島は、太平洋側の、いわゆる外側地震帯の地震による被害が大きいのだが、この震源は地下一〇〇キロメートルまでの浅い所にプロットされ、日本列島の下をくぐって大陸側にちかづくにしたがって、震源は深くなり、ついに大陸塊の下にもぐりこんで、地下七〇〇キロぐらいの深所にまでおよぶ。
しかし、M町のように、浅い震源で、それもひっきりなしに地震をおこしている例はめずらしかった。 - いったい、なぜこんなに、のべつまくなしに震動がおこるのかわからない。統計してみると、月の満ちかけと震発頻度がかなりよく一致しているところから、学者の中には、M町の地下五キロメートルぐらいの所にマグマ塊があって、それが月の引力による潮汐作用によって、ふくれたりちぢんだりするのだろう、という説を出すものもいたが、なにさま、地面の下を見たわけではないので、本当かどうかわからなかった。
そこで - 
震源部まで、ボーリングをやって、錘(ビット)を地下五キロまでおろして見よう」というプランがもちあがったわけである。「とにかく、そのマグマとやらが、あるかどうかしらべて見ようじゃないか」
この計画に対して、不安の声もあがった。
「もしほんとうにマグマがあって、そいつが地上にふき出してきたらどうするか?」
という、半可通な意見から、
「いや、そんなことをしたら、きっと何か、たたりがあるにちがいねえ」
という迷信めいた声まで、反応はさまざまながら、地元では何となくこの計画に、気のりのしない空気であった。 - 第一、もしかりに、地震の原因がわかった所で、学者はよろこぶだろうが、それで地震がやむわけでもあるまい。それに、もし万一この計画によって、おかしなことにでもなったら、その被害をうけるのは地元民である。
しかし、学者の方は、探究心にもえて、どしどし計画をすすめていった。 ― M町の草原の一角に、ボーリング用の櫓がくまれ、長い鋼管が何本もはこびこまれた。五キロといえば、かなりの距離であり、タクシーでいっても三百円以上かかる。しかし、最近のボーリング技術はかなりすすんでおり、石油井戸などは、地下八キロから一〇キロ以上におよぶものさえある。 - まもなく、作業がはじまり、櫓の上ではモーターがブンブンうなり、粘土と石鹸のまざった掘削泥水は、ゴボゴボ音をたてて穴にあふれ、タングステンカーバイドの錘(ビット)は、歯をむき出して岩層にかみついた。 - 一〇〇メートル、二〇〇メートル、と、最新式のターボドリルは、M町の地下 にくいこ んでいった。
ー 太いパイプは、次々とつぎたされ、その延長はやがて四キロメートルをこえようとしていた。
「もうじき、震源深度だが.....」と技師は、掘削泥水の温度をはかりながらいった。「地下の温度はあまりあがってないな」
「ねえ、いったい、この地下に何があるんでしょうかね?」労務者の一人は、櫓のそばからふりかえっていった。「ほんとうにその、マグマてえやつが.......」
そこまでいった時、ふと労働者は口をつぐんだ。
ドリルの回転が、急に上がりはじめた。
「監督さん!」と労務者は叫んだ。「なんだか知らないが、穴の底がぬけたみたいに、やわらかい地層につきあたりましたぜ。ひょっとして、そのマグマとかってやつにぶちあたったんじゃ.......」
次の瞬間、技師も労務者も、まっさおになって立ちすくんだ。
ー 大地の底から、ぐうっとせり上がるような、うす気味の悪い、動揺が湧き上がってきたのだ。
「来た!」と技師は叫んだ・「ロータリーをとめろ!地震だぞ!パイプが折れるぞ......」
その声は、作業場附近にまきおこった、大勢の悲鳴にかき消された。「櫓をはなれろ!」と誰かが叫んでいた。「電源を切るんだ!」ビシッと何かが折れる音がした。ひびのはいったパイプから高圧泥水が猛烈な勢いで噴出してきて、横にいた労務者のヘルメットをはじきとばした。配電盤がボンと音をたてて火と煙をふき出し、何かがガラガラと音をたてた。「危い!たおれるぞ!」と、誰かが金切り声をあげた。
ボーリング櫓が、人々の上にぐらっとのしかかってきた。 - だが、その時は立ってにげられないほど、大地はゆれていた。まるで大波のうねり、足下の地面が、?のように、とけくずれるかと思われた。ゴオッ!という地鳴りが天地をみたし、空にわき上がった鉛色の雲と山々との間に、何度もすさまじい電光が走った。 ― あたりには、声にもならぬ阿鼻叫喚がみち、今までの地震にもちこたえたM町の建物が、紙細工のように次々とたおれ、もうもうたる土ぼこりの中に、うすく火事の煙もたちのぼりはじめた。
「あッ、あれを見ろ!」こんな中に、さらに魂消(たまげ)るような叫びがきこえた。「山が.......山がくずれる」
たしかに ― 星のような雲が、渦まき乱れとぶ暗い空を背景に、M町の東にそびえる、吾妻、白根の峰々、また西方飛騨山脈、燕、烏帽子、鹿島槍の諸峰の頂が、スローモーション映画のように、ゆるゆるとこぼたれ、くずれ折れるのがのぞまれた.....。
まさにその瞬間 ― M町のみならず、日本全土は震度五乃至六の、すさまじい強震烈震におそわれたのである。

*先は続くのですが、『日本沈没』のプロットとしてはこのあたりまでで、あとは、悲惨とかそう言うことではなくて、ちょっとおふざけが過ぎております。この本を探すのは大変でしょうがご自分でお読みください。