2/4「泰西人の見たる葛飾北斎 - 永井荷風」岩波文庫 江戸芸術論 から

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2/4「泰西人の見たる葛飾北斎 - 永井荷風岩波文庫 江戸芸術論 から



北斎の制作は肉筆の絵画、板刻[はんこく]の錦絵、摺物、小説類の挿画、絵本、扇面、短冊及びその他の図案等、各種に渉りてその数の夥[おびただ]しきこと、ルイ・ゴンスの『日本美術』によれば少くとも三万種を越えたるべしといふ。今その重[おも]なる制作中殊に泰西人の称美するものを掲ぐれば第一は『北斎漫画』十五巻及びこの類の絵本なり。第二は富嶽三十六景、諸国滝巡り、諸国名橋奇覧等の錦絵なり。第三は肉筆掛物中の鯉魚[りぎょ]幽霊または山水。第四は摺物なり。美人風俗画は比較的その数少くまた北斎作中の上乗[じょうじょう]なるものにあらず。
北斎漫画』十五巻は北斎を論ずるものの必[かならず]一覧せざるべからざるもの也。ゴンクウルの言を借りていへば、あたかも種紙[たねがみ]の面[おもて]に蛾の卵を産み落し行くが如く、筆にまかせて千差万様の画を描きしものにして、北斎のあらゆる方面の代表的作品とまた古来日本画の取扱ひ来りし題材並にその筆法とを一瞥の下に通覧せしむる辞彙[じい]の如きものなり。さるばゴンクウルを始めとして泰西鑑賞家の『北斎漫画』に対する説明及批判の中[うち]には独り北斎の芸術のみならず日本一般の風俗伝説文芸に関して云々するところ甚多し。彼らが北斎に払ひし驚愕的称賛の辞は単に北斎一人[いちにん]のみに留まらず日本画全体に及ぼして然るべきものすくな[難漢字]からず。然れども余は一々これを論別して、北斎の価値を限定せんと欲するものにあらず。これ無用の徒事たるのみに非ず、複雑なる北斎の作品に関する複雑なる評論をして更に一層の繁雑を来[きた]さしむるの嫌[きらい]あればなり。例へば北斎が描ける幽霊の図を批評するに当り、日本人の妄想が幽霊を作出せし心理作用にまで遡りて論究せんとするが如きは画論の以外に馳せたるものといふべし。いはんや浮世絵の幽霊は画工が迷信の如何を証するものたらんよりは、これ当時の演劇及小説との関係を示すものなるをや。泰西人が浮世絵の鑑賞にはこの種の論法すくなからず用意周到に過ぎてかへつて当を得ざるものといふべし。
北斎漫画』を一覧して内外人の斉[ひと]しく共に感ずる所のものは画工の写生に対する狂熱と事物に対する観察の鋭敏なりことなり。北斎士農工商の生活、男女老弱の挙動姿勢を仔細にに観察し進んで各人の特徴たる癖を描き得たり。『北斎漫画』のよく滑稽諷刺に成功して西人をして仏国漫画の大家ドーミエーを連想せしめたる所以は此にあり。余は北斎の筆力を以て同時代の文学者中三馬一九の社会観察の甚辛辣なるに比較せんと欲す。
浮世絵中の漫画はもと北尾政美の得意とする所なりき。政美の初て『ケイ斎人物略画式[けいさいじんぶつりゃくがしき]』を出せしは寛政七年にして『北斎漫画』初篇梓行[しこう]に先ずること正に二十年なり(寛政七年北斎は菱川宗理と称し多く摺物を描けり)。されば『北斎漫画』の由[よ]つて来れる処はケイ斎の『略画式』にありしや知るべからず。ケイ斎の漫画は北斎に比すれば筆致甚穏健にして芸術的感情の更に洗練せられたるものあれども滑稽諷刺の一事に至つては到底北斎の深刻に及ぶべくもあらず。一は浮世絵師中の最も清淡なるもの、一は最も複雑なるものなり。一は貴族的にして一は平民的の最も甚だしきものなり。この両漫画は画工の性格並に画風の相違を示すと共にまた時代の好尚の著しく変化せるを語るものなり。江戸末期の芸術における写実の傾向は演劇絵画文学諸般に渉りて文化以降深刻の余り遂に極端に走れり。『北斎漫画』中これらの証[しよう]となすもの多し。武士の大小をたばさみて雪隠に入れる図の如きは、一九が『膝栗毛』の滑稽とその揆を一にするものならずや。