(巻二十二)金魚鉢かきまわしたい気にもなり(浅井五葉)

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5月20日月曜日

歯のお掃除に新柏の歯科に参りました。けっこう年寄りで混んでいるようだ。
衛生士さんに一時間近くかけてキレイにして頂いた。
手順は、先ず金属のピックで歯垢をこそぎ落とし、続いて回転するブラシで更に歯垢を削り落とし、歯間をフロスと歯間ブラシでキレイにして、仕上げに研磨剤をつけて電動回転ブラシで研き上げて完成です。

歯科に口あけたるままの窓に花(久田草木)

衛生士さんに、下の前歯一本が弛くなっていると言われた。先週フランスパンをかじって痛めた歯である。
最後に先生が検診してくれたが、その歯に触るなり「補強しないとダメだ。」とバッサリでありました。
やはり前歯が抜けてなくなると淋しいし、未だ客商売をしている身であるから繕わなくては。
鏡を持たされて吾が歯を見るはめになったが、無惨である。歯茎が沈下して歯の細っていくところまで露出している。歯という字に令で齢であるが、厳しい漢字である。

五月雨や憐れ翁の歯の長き(潤)

(寒晴れやあはれ舞妓の背の高き-飯島晴子)

*バレバレですね!

治療費は千八百円でした。お口の中はすっきり爽快です。
補強を5月31日金曜日に予約したのですが、その日は草野球のリユニオンで飲み会でした。帰宅後再調整の電話を入れているのですがなかなか繋がらない。

昼飯は柏に来たので庄屋の海鮮丼と一合(三段重ね)に致しました。昼の酒はあとで効きます。今日の酒は落ち込み酒になった悪い鬱酒でございました。

置場所に困る五月の心かな(清弘真紀子)

写真は帰途車内から撮した金町駅近辺です。広大な三菱製紙中川工場跡地の再開発が進行中で東京理科大なども入りましたが、メインはタワーマンのようです。すでに二本建っていますがまだまだ建つようです。



前歯がグラグラして抜けるのかな?と淋しい気持ちになったところで、以下の作品を思い出した。

5/5 「水の流れ 永井荷風文学紀行 - 安岡章太郎」 講談社刊 歳々年々 から

たしかに石川淳氏のいうごとく、荷風は戦前、《幸運なるランティエ》であったであろう。しかし、みずからの中に爛熟すべきものを持たぬランティエは、果して本当に幸運であったといえるだろうか?それを贅沢な悩みといえば、それまでである。暇にあかせて読んだり書いたり、戦争中に気儘に遊郭に出掛けて女郎屋のハシゴをしたり出来るのは、それだけでも羨むべき身分に違いない。しかし繰り返していえば、自身に守るべきものを持たぬ有資産者の心境は悲惨である。石川氏は《晩年の荷風はどうもオシャレでなさすぎる》といって、《歯が抜けたらば、さっさと歯医者に行くがいい、胃潰瘍ということならば、行くさきは駅前のカツドン屋ではなくて、まさに病院のベッ ドの上と きまっている》といっているのは、いかにも江戸っ子らしい癇性な気のまわし方といわざるを得ない。たしかに自分と同じ町内に、こういう見苦しい老人が、これ見よがし醜態をさらけ出してウロウロされたのでは、それだけで鬱とうしくてやり切れないかも知れない。私自身、荷風文化勲章をもらって、それを屑屋の爺さん然とした身なりのまま首にかけて写真にうつっているのを見たときは、何もそんなにまでして見せなくても、という気がした。しかし荷風にしてみれば、こういうイヤガラセが、じつは唯一のオシャレであったに違いない。
敗戦後の荷風は、いつまでたっても焼け出されの浮浪者のようであったが、これは単に《どうもオシャレでなさすぎる》というようなものではあるまい。むしろそれは、わざと汚れた白衣をきて街角に立っていた傷痍軍人に近いものであろう。 - しかし、戦後の流行作家というより文豪の荷風が、何でわざわざ傷痍軍人の真似をしなければならないのか?

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