2/2「病院にはなるべく行かない - 池田清彦」新潮文庫  他人と深く関わらずに生きるには から





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2/2「病院にはなるべく行かない - 池田清彦新潮文庫  他人と深く関わらずに生きるには から


体の具合が悪くて、医者に行ってそう言われたのならまだ話はわかる。何でもないのに検査の値が正常値より少しずれているからといって、一喜一憂する神経が私にはわからない。正常値というのはあくまで人々の平均を基にした値なのである。あなたにとっての最良の値であるとは限らない。コレステロール値が少々高くても長生きする人はいるし、正常値でも早死にする人もいる。前者では少々高いコレステロール値が、その人にとっての最良値なのかもしれないのである。無理にコレステロールを下げる薬を飲まされたら、かえって早死にするかもしれないのだ。検査データよりも自分の体の内部の声を聞いた方がよいのだ。だから、健康だと思っているうちは、わざわざ検査などする必要はないのである。
医者は酒はほどほどに、タバコは吸うなと言うけれども、それも余計なお世話ではないか。酒やタバコが体に良いか悪いかは、個々人によって異なると私は思う。毎日、酒もタバコもやって、九十五歳まで生きた人を私は知っている。この人が、酒もタバコもやらずに清く正しい生活をしていたとして、百歳まで生きただろうか。ストレスがたまって、かえって早死にしたんじゃなかろうか、と私は思う。もちろん、酒やタバコをやったばかりに早死にした人は多いだろう。実際、こっちの方が多いに違いないが、あくまでそれは平均の話なのだ。あなたに当てはまるかどうかはあなたが考える他はない。
私は、酒は毎日飲む、酒がうまいうちは毎日飲んでも大丈夫だろうと思っている。時々いきなりまずくなる時がある。体が飲むのをやめろ、と言っているのだと思って、そういう時は、それ以上飲まない。パーティはめんどうくさいので余り出席しないが、酒がまずい時は人にすすめられても、もちろん飲まない。二十代の頃はタバコをムチャクチャ吸った。一日九十本吸ってたこともあった。ある時、ひどい風邪をひいて物理的にタバコが吸えなくなった。タバコを吸うと喘息の発作が起きるのだ。それは仕方がないのでしばらく吸わなかった。風邪が治ってみるとタバコを吸わないのは妙に気持ちがいい。それで、ぷっつりやめてしまった。私の体にタバコは合わないと悟ったのである。タバコを吸い続けていたら、今頃は鬼籍の人に違いないと思う。酒やタバコが体に悪いかについて、一般論は通用しない。自分の体に聞いてみる他はない。
私はがん検診も受けない。がんが早期発見されれば命が助かるではないか、と思う人がいるだろうが、どうやらそれはインチキらしい。がん検診を受けても受けなくても、がんの死亡率に変わりはないのである。ということは検診で発見されても、症状が出て病院に行ってから見つかっても、命に別状のない良性のがんは治り、悪性のがんは早期発見されても治らないということなのだ。胃の調子が悪くもないのに検診に行って、早期発見されてよかったですね、と言われて、命に別状がないのに胃を取られ、おまけにお金も沢山取られ、体の調子は最悪で、命が助かってよかったと医者に感謝しているのは、マゾでなければバカである。
何でもないのに胃カメラを飲んで、食道に穴が開いて死にそうになった人もいるのである。大腸に入れられたバリウムがうまく排出されずに死んだ人もいる。何でもないのにがん検診を受けるのは、血液検査を受けるよりも、はるかにバカである。体の調子が良い時に、何でわざわざ医者に行く必要があるのか。職場などでがん検診を受けないと色々とめんどうな人もいるかもしれないが、そういう時はがん検診を受けたくないとはっきり言うか、適当なウソをついてゴマかそう。無理に健康診断やがん検診を受けさせようという方が理不尽なのだから、ウソをつくことにうしろめたさを感じる必要は全くない。
さて、それでもどうしても具合が悪い時は医者に行くのもやむを得ない。どんなに具合が悪くても、たとえ死んでも病院には行かない(死んで行くのは病院ではなく火葬場か)というのは上品でカッコいいけでも、耐えられない苦しみや痛みは、和らげてもらえるものならばもらいたい、と少なくとも私ならば思うだろう。だからどうしても具合が悪ければ、病院に行く他はない。
問題はそこからだ。病院に行っても医者まかせにはしないこと。痛みや苦しみを緩和してもらうことを最優先して、その後のことはゆっくり考えればよい。患者はお客様で医者はサービス業なのだ、ということを頭の隅に入れておこう。医者と敵対しろということではない。自分の治療方針について納得のいく説明をしてくれる医者でなければ、信用しない方がよい。病状が一段落したら、別の医者の意見も聞いてみよう。
有無を言わせずに手術をすすめる医者は警戒した方がよいかもしれない。特にがんの手術はよく考えてからした方がよいと思う。手術の後遺症に苦しんだまま一生を終わってしまう例がとても多いからだ。がんだって手術をしなければ、治らないにしても苦しむことは余りないかもしれない。転移がんは基本的に治らないのだから、無理に手術を受けるのは苦しみを増すばかりですすめられない。特に八十歳を過ぎて手術をするのはやめた方がよい。八十歳まで生きたのだから、余りくるしまないで死ねれば本望だと思った方がよい。
もちろん、あれやこれやは全部私の個人的な意見である。あなたにはあなたの考えがあってよい。ただ、人生の最期ぐらいは自分で決めた方がよいのではないかと思うだけだ。医者の言う通りにして、後で後悔するのはバカである。どうせ死ぬのだから、少々わがままでもいいのである。