「みやげ物の効用 Trouble Doll - 柴田元幸」日本の名随筆別巻60買物 から

「みやげ物の効用 Trouble Doll - 柴田元幸」日本の名随筆別巻60買物 から

みやげ物というのはどことなく物哀しいものである。旅先で買ったときは素敵だと思っても、家に帰ってあらためて見てみると、何でこんなしょうもない物を買ったのかと、どうにも気恥ずかしくなって一人で赤面したりしてしまう。
「旅先で賢明な買物ができる人こそ真に賢い人間である」と言ったのはサマセット・モームである - というのはウソでこれは僕の単なる個人的感慨だが、案外多くの方に賛成していただけるような気がする。
まあとにかく、旅行に行くたびにしょうもないみやげ物をどっさり買い込み、しょうもない写真をどっさり撮ってくるわけなのだが、その僕でもこれはいい買い物だったと思っている物が一つある。それは、ニューオリンズで買った、グアテマラ製の「トラブル・ドール」という、背丈二センチ程度の小さい人形六つのセットである。針金の芯にいろんな色の紙や糸をぐるぐる巻いて作った人形で、これが木の皮でできた入れ物に収まっている。
中南米の製品らしく、色がなんともあざやかだし、服装や顔の表情も一つひとつ違っていて、見ているだけでも楽しい。だが、実はこの人形には実用的な機能もある。説明書きを引用すると -

グアテマラのインディアンたちのあいだには、古くからこんな言い伝えがあります。悩みごとがあったら、それを人形とわかちあいなさい、と。

悩みごとを聞いてくれる人形。言い古された諺にもあるように、“A trouble shared is a trouble halved” (共有された悩みは半減された悩みである=悩みは話せば軽くなる)というわけである。
しかもこの「トラブル・ドール」の効用、悩みを聞いてくれることにとどまらない。何とそれを解決さえしてくれるのである。説明書きをさらに引用すると -

問題一つにつかそれぞれ一つ人形を取り出し、寝るまえに人形に悩みを打ちあけましょう。あなたが眠っているあいだに、人形たちが問題解決に努めてくれます。

「問題解決に努める」(try to solve)であって、「解決する」と安うけあいしないところがいいですね。そして最後は-

人形は六つしかありませんから、一日のうちに許される悩みごとは六つだけです。

悩みごとなんて一日に六つもあれば十分じゃないかと思うけど、それはともかく、実際に寝るまえにこの人形たちに悩みをうちあけてみると、意外なことに、これが結構効き目があるのだ。
もちろん効き目といっても、「お金がなくて困っています」と言ったら翌日宝くじの一等に当たった、とかそういう話ではない。けれども、「......で困っています」というかたちで、自分の生活における問題点を、六点以内に簡潔にまとめてみると(相手は人形である。うだうだ長話をするのは気がひける)、何だか展望がひらけてきたような気になれるのである。そうか、俺の生活はこことここが問題なのか、といった具合に。
それに僕の場合、もっと現実的な「御利益」だってあった。あるとき、〆切が重なって、どうにも時間が足りなくて困ったことがあった。そこで寝るまえに、「時間が足りなくて困っています」と人形に言ったら、夜中の三時にぱちっと目がさめた。それで僕は起きて仕事をして、どうにか〆切を守ることができたのである。
ところでこのトラブル・ドール、その後、日本の輸入民芸品店でも見かけたことがある。だいたい似たような説明が日本語でついていたが、ただし一番最後に、「悩みごとを解決してくれた人形は、土の中に埋めてあげましょう」と書いてあった。それでは悩みごとが解決されるたびに、また新たなトラブル・ドールを買わねばならないではないか。日本の売り方はセコい。