(巻三十二)おいそれと買手のつかぬ山笑ふ(境惇子)

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(巻三十二)おいそれと買手のつかぬ山笑ふ(境惇子)

1月18日火曜日

細君は内科に検診に出かけた。午前11時まで独りの時間を過ごす。不善もマンネリ化して暇潰しにならない。

Crowd Science Why do we get bored

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1prl

の中でも触れられていたが退屈凌ぎは欲求の段階が上がっていくわけだが、我がPCではモザイクなしまででそれ以上はない。Three Dimensions のgoggleを用意するつもりもないが、それにしたところで切りがないわけで、もし仮想が実物になったとしてもやはり飽きるだろう。

露の世のなほも仮想の世に遊ぶ(近藤七代)

そんなところへ、餡パンを土産に細君が帰ってきた。医者は混んでいたそうである。薬局も混んでいて50分待ちとの案内だったのでヨーカ堂の時計売り場へ行って腕時計のベルトを取り換えたと云う。止せばよいのにその時に8月の誕生石のことを話題にしてしまったとのこと。早速、指輪が運び出されて、指にはめるところまで持ち込まれたそうだ。なんと!二十四万円の値札の付いている指輪を九万円で譲ると持ち掛けられたらしい。もちろん買わずに出てきたが、口は災いの元であるよ。

大マスク禍の元隠したり(安富耕二)

午後の散歩は気分が乗らず、図書館で借りた「法学教室」を返してから生協の前を通ってさっさと戻った。

その辺を一廻りしてたださむし(高浜虚子)

願い事-生死直結で叶えてください。コワクナイ、コワクナイ。

死にぎはの恍惚おもふ冬籠(森澄雄)

死に際は恍惚なんだ。何だか希望が湧いてきた。

返却した法学教室では、以下をコチコチと読んだ。刑法が改正されると懲役と禁錮の区別がなくなるらしい。禁錮の由来はそう言うことかと理解した。自由刑についてはネット調べたら自由を奪う刑だからのようだ。生命を奪うのは生命刑というようだ。他に身体刑、財産刑、名誉刑があると書いてあった。

判決の軽きに怒る残暑かな(竹内柳影)

「刑罰のイメージ - 川出敏裕」法学教室11月号

先般、東京池袋で自己の運転する車を暴走させ、母親と子どもを死亡させるなどした事実により過失運転致死傷の罪で起訴された90歳の被告人に対して、禁錮5年の実刑判決が言い渡され、控訴の申立てがないまま確定した。マスコミ等では、高齢を理由とした刑の執行停止がなされるかどうかに注目が集まっているが、反面で、刑務所に収容された場合に被告人がどのような処遇を受けるのかについては、ほとんど関心が寄せられていない。今回言い渡された刑が禁錮であって、懲役ではないことについても、あまり意識されていないように思える。

近年は、ニュース番組などでも取り上げられることが増えてきたので、一般の国民の間でもおおよそのイメージは共有されているように思うが、刑務所での受刑者の日課の中心を占めるのは、作業である。工場のような場所で、濃い黄緑色の作業服を着た受刑者が黙々と作業する姿を映した映像を思い浮かべる方も多いであろう。

もっとも、受刑者のすべてが、この作業をしなければならないわけではない。刑務所への1月以上の収容を内容とする刑罰には懲役と禁錮があるが、このうち作業が義務付けられているのは懲役であり、上記の被告人が言い渡された禁錮においては、作業をすることは義務ではない。このような区別は、懲役という言葉がまさに示しているように、刑務所における作業を罰としての苦痛と捉える考え方を前提としている。旧刑法下の出来事ではあるが、明治中期における北海道開拓の際の囚人使役などは、まさにこれがあてはまるものである。他方で、作業を義務としない禁錮という刑は、元々は、政治犯に対する名誉拘禁という考え方を基礎としたものであり、それが、故意犯に比べて責任非難が類型的に軽い過失犯にも適用されているのである。

しかし、1907(明治40)年の現行刑法の制定以来続いてきたこの区別には、既に1960年代の刑法の全面改正作業の時から疑問が投げかけられてきた。それは、犯罪を破廉恥罪と非破廉恥罪に区分することへの疑問や、矯正実務の中で、作業が、苦痛を与えるものではなく、受刑者の改善更生のための処遇の一つとして位置づけられるようになったことを理由とするものである。

こうした長年にわたる議論を経て、昨年10月に、遂に、懲役と禁錮を新自由刑として単一化するという内容の法制審議会の答申が出されるに至った。答申は、「新自由刑は、刑事施設に拘置するもの」とし、「新自由刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができるものとする」としている。これにより、作業を義務とするか否かで自由刑を区別する制度がなくなるとともに、作業が、他の指導とならぶ受刑者の改善更生のためのものであることが明確になった。

現在、答申に沿った法案化の作業が進められているが、問題となっているのは、単一化した刑の名称をどうするかである。答申では新自由刑という名称が用いられているが、この「自由刑」という用語は、ドイツ語のFreiheitsstrafeの訳であり、法律家の間では広く受け入れられているものである。しかし、一般の国民がこの用語を見たときには、あたかも被告人を自由にする刑のようで、刑務所に収容する刑罰のイメージにあわず、違和感を抱くようにも思われる。他方で、新たな刑罰は、刑事施設に拘置したうえで、改善更生のための処遇を行うという刑罰の内容に適合したものである必要がある。また、現在の懲役や禁錮という刑の名称は、1873年の改定律例から用いられている造語であるが、明治維新後とは異なり、一般の国民にとってのわかりやすさが求められる現在の立法作業においては、現在の日本語にない用語を造り出すのは適当ではないであろう。考慮すべき要素は多いが、読者の皆さんは、どのような名称が適当であると思われるであろうか。

自由刑、財産刑、それに名誉刑の受刑者のような気もしてきたが、お互い様か。

(巻三十二)カステラにフォーク突き刺す秋思かな(土居小夜子)

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(巻三十二)カステラにフォーク突き刺す秋思かな(土居小夜子)

1月17日月曜日 

細君が生協に出かけ、干し芋を買ってきてくれた。飴色の干し芋が三枚、ビニールの袋に丁寧に納まっている。夕方、いただいたが甘味はそれほどない。茨城産で紅はるかという芋らしい。

毛布が干せる陽射しではないが、風がないので中川土手まで散歩に出かけた。海鵜らしきが一羽悠然と川の中央を下っていた。独り航くのはよい姿である。

このコースを採るとアリオから亀有銀座の串焼き本舗になる。串焼き本舗の姉ちゃんは二十六とか聞いたが、なかなかの人だ。いや美人とか云うのではなく人当たりにそつがない。

帰りに生協に寄り自主管理品目である牛乳、納豆、ヨーグルトを買わんとする。牛乳、納豆の賞味期限は十分だが、ヨーグルトは残り1パックで期限も近いので見送った。レジのあと台で袋に詰めていると横で老女二人がスイミングクラブの話を始めた。元気である!前向きで肯定的だ。

冬温し面白がつて生きてゐる(森木道典)

願い事-でも生死直結で叶えてください。コワクナイ、コワクナイ。嫌なんです。

目覚めるといつも私が居て遺憾(池田澄子)

先週のBBCの番組からは

BBC CrowdScience Are big-heads smarter?

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1prm

BBC The Food Chain Sleep, eat, repeat?

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1rgv

とを聴いてみることにしたが、なかなか難解であります。

今日は

Crowd Science Why do we get bored

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1prl

の書き取りに挑んでいるが、穴が空きすぎて形にならない。いつか聞き取れるかも知れないが、そのために長生きをしたいとは全く思わない。

ぴつたりとしめた穴だらけの障子である(尾崎放哉)

(巻三十二)信ずれば平時の空や去年今年(三橋敏雄)

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(巻三十二)信ずれば平時の空や去年今年(三橋敏雄)

 

1月16日日曜日

二晩乾き物をつまみに寝酒をしたが、やはり夜中に喉が渇く。元に戻そう。

よくないと承知のうえの寝酒かな(拙句)

世事は書きたくないが、今年のセンター入試は色々な事が起こる。今朝は津波でゴタゴタしたらしい。

細君が朝日俳壇を届けてくれた。今週は朝日歌壇賞が発表されていて、長尾幹也氏が受賞されていた。おめでとうございます。お写真が掲載されていますが、作風、お人柄を現すお写真ですね。

書き留めた句は、

凩や小銭確めコップ酒(金子秀重)

どこまでも風に追はるる枯葉かな(岡本吉雄) 

冬温し面白がつて生きてゐる(森木道典)

好天無風で細君はシーツを洗う決断をした。私は午後の散歩でモツ吟まで脚を延ばすことにした。途中メダカの水槽を見かけた。陽を浴びて少しは水が温んだのかメダカが動いていた。

目高来る驚きやすき影連れて(小澤克巳)

立呑屋には三人ほどの高齢者が壁を向いて黙々と呑んでいて、私も壁を相手に一杯いたした。注文を取る極めて短い会話の他には声は聞こえない。

串焼き本舗の方はテーブル席でのグループ飲みが主流だから土日に近寄る気にはなれない。

願い事-生死直結で叶えてください。コワクナイ、コワクナイ。日曜日は顔本に警句がよく掲出されるのだが、今日は不作の日だった。以前の警句に、

Life only becomes too hard when you stop believing.

と云うのがあった。

信ずれば平時の空や去年今年(三橋敏雄)

と表裏ではなかろうか。

神様にしろお金にしろ信じていなければ安心は得られまい。身の回りに神様を信じている人はいなかったが、お金を信奉している人たちはかなりいた。いつ紙屑になるかわかったものではないと疑ってしまうと最後の拠り所も虚しいものになってしまう。

冬蜂の死にどころなく歩きけり(村上鬼城)

あと、それから、仏様は信じてどうのこうのという方ではないようですね。

 

> 「「人は死ねば死にっきり」という仏教的ニヒリズム - 小浜逸郎」癒しとしての死の哲学 から

>

> 先に述べたように、プラトニズムにおいては、現世の価値のかわりに現世を否定・超越したもう一つ別の生の価値を置き換えることで、死の否定性そのものを逆説的に生への執着(それは精神化されているが)に結びつけるという離れ業がおこなわれていた。しかし、仏教には寂滅の境地へ向かってのひたすらな修練の志向が見られるばかりである。それは、魂の価値をいわず、むしろ逆に、肉体が有から無へと散じていくありさまに魂をも寄り添わせ、そのことによって、魂のざわめき自体を殺せといっているとしか思えない。

> ということはどういうことであろうか。ここで暗黙のうちに強調されているのは、結局次のようなことだ。

> 人(の肉体と魂)は、死ねばこのようになり、これで一巻の終わり、そしてそれ以外のなにものでもない。何らかの「生きのびる道」などを観念の力で構想することはむなしいことである。

> こうして、仏教的ニヒリズムは「人は死ねば死にっきり」という徹底したリアリズムのうちに人を釘づけにしてしまう。それがすべての仏教のねらいであったとはいうまい。ただもし煩悩の寂滅をラディカルに説くならば、結果的にそういうことになるしかないということだけはたしかである。来世などという観念自体、本当は無用と観ぜられるべきものだ。仏教は輪廻転生を説くとよく言われるが、輪廻転生とはいまだ煩悩を捨て切れない魂が迷いつづけている状態であって、寂滅涅槃の境地からみれば、速やかに離脱すべき否定的な状態以外の何者でもない。

> この徹底性は、実を言えば、日本の伝統的な信仰のあり方に必ずしも適合するわけではない。先に加地伸行が説いていたように、日本(あるいは東北アジア)では、儒教的な祖霊信仰が一般的で、そこでは魂の常住がむしろ信じられてきたからだ。しかしそれはプラトニズムやキリスト教のような形而上的な一般化を経たものではなく、もっと肉感的で、具体的なたたずまいを備えている。それは、たえずその辺をさまよっており、特定の人が呼べばいつでもその特定の人のもとに帰ってくる、名前のある魂である。

> すべての絆を断ち切ることを説く仏教的死生観は、本当は、伝統的な日本人の意識には合っていないのではないかと思う。

> だがおそらくすべての外来宗教が日本人の伝統的な意識に触れて妥協と変質を余儀なくされたように、仏教的死生観もあいまい化を免れず、その本来の主張どおりに定着・浸透することはありえなかったのだ。

> もっとも、ひょっとすると、都市社会的な個人主義が発達し、係累の価値が希薄化した現代の日本においてこそ、かえってそれは大きな共感をあたえる要素をもっているいるのかもしれない。余談になるが、仏教の原点に帰ることを説いていたオウム真理教が現代の多くのラディカルな若者の心をとらえたのも、そうした時代的要因が絡んでいるのではなかろうかと思う。

> しかし、それが人間の魂に共感を及ぼす範囲もまた、生の意識全体のなかでは、局部的なところにかぎられるというほかはないであろう。なぜならば、実際人々は、ことさらこの世のすべてが不浄に満ちたものだなどと考える必要性を感ずることなく、幸と不幸、安らかさと不安の間を往復しつつ、そこそこ平気な顔をして生きていることが圧倒的に多いからである。

>

随筆筆写控え帳

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随筆筆写控え帳

(巻三十二)春の夢みているやうに逝きにけり(西原仁)

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(巻三十二)春の夢みているやうに逝きにけり(西原仁)

1月15日土曜日

本日の句など逝き方の理想でごさいます。

土曜日の朝なのでFM葛飾を流す。バックグラウンド・ミュージックだけでくだらない駄弁りがない。つまり清々しいのである。静かな音楽だけを流してくれる局はないものか?

掃除機をかけた。曇天で毛布は干せず。午後、散歩に出るが風があり、図書館で返却と貸出、生協で米二キロ、それだけにして帰宅した。

本は6冊借りてきたが、ほぼ全滅である。コチコチ読もうと思うのは『刑罰のイメージ - 川出敏裕』(法学教室11月号)と『本の話だとすぐ古本屋歩きのことになる-植草甚一』だけだ。只で借りられるものだから、思いつきで借りてみるかとネットで予約をする。従って自分の能力では理解の及ばぬ“外れ”は必然であろう。

結論

夏帽子明治の人のみな立派(宇多喜代子)

豪雪とか、試験会場そばでの物騒な事件とか、コロナの影響とか色々な障害困難のなかでセンター入試だそうだ。この時期になると細君は「終っていてよかった!」を連発する。息子の大学受験のことだが、もう一昔半も前のことだ。

合図待つ握りこぶしや大試験(駒井ゆきこ)

願い事-生死直結で叶えてください。コワクナイ、コワクナイ。あ~、早く終ってよかったと思いたい。意識はないだろうけど。

はこばれているとは知らぬ海鼠かな(山田麦城)

BBC CrowdScience Which is better:Optimism or Pessimistic?

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1prd

0829

Why does the optimism bias dominate?

0831

Because, surely we would all be better off if could aculately predict outcomes and probability

, then we all live like nice rational animals. So if you have an optimism bias, which usually means that you have positive expectations, that is good for your mental health and the reason is, you know, you have good expectations, you know, you are happier, you are less anxious and that good a thing. And it also has positive impacts on your physical health. Because, again, you are less anxious and less stressed, that has physical advantages. And ???(1)??? find that although we have been equal, optimists tend to live longer and they tend to be healthier.

0912

And it is partially because people who have optimism tend to also do the things that need to get better. Right, so it is not the people say ‘Oh, I'm going to be fine, and I don't do anything.’ It's more that they say ‘I have the control that I need to be physically healthy. I will exercise. I will eat well and so on that how we will become healthy. Finally, ???(2)??? if we think ???(3)??? be, you know, good ???(4)??? furniture, well then, we tend to put in the efforts. Right, we think, OK, I'm going to be succeed in my profession if I put in efforts ???(5)???????. . .

0949

悲観と楽観では楽観の方が心身の健康によろしいそうで、それはそうでしょう。

インタビューの終わりに近づくと早口になるので困る。

チューリップ明るい馬鹿がなぜ悪い(ねじめ正一)

「最善の悩み方 - 土屋賢二」論より譲歩 から

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「最善の悩み方 - 土屋賢二」論より譲歩 から

ツチヤ師(筆者とは比較にならない聖人である)が、師を慕う者たちと夕暮れの公園を歩いているとき、ふと足を止めておっしゃった。
「見よ。あの夕焼け空を。何と美しく淋しく切ないのであろうか。カトマンズで見る夜明けよりも含蓄に富んでいる。カトマンズへ行ったことはないが。鳥のさえずりを聞くがいい。どっしりした木を見よ。何と平和に生きていることか」
この深いおことばを吐かれたとき、つながれていた犬が無礼にも、師に向かって激しく吠えた。突然のことだったので、平和をかみしめていた師は驚いて十センチほど飛び上がられた。否、そう見えた。というのは、師がこうおっしゃったからである。
「あまりにも平和だからジャンプしたら、ちょうど犬が吠えた」
やはり凡人とは違う。だれが犬とこれほど正確にタイミングを合わせることができるだろうか。
吠え続ける犬に追われるように一同、その場を去り、自販機でジュースを買う。飲み物を飲んで落ち着きを取り戻したとき、一人の女が甲高い声で突然言った。
「ダイエットが続かなくて悩んでいます」
突然の発言にダイエットコーラを飲んでおられたツチヤ師は驚ろかれたのか、激しく咳き込み、鼻からコーラ状のものをお出しになられた。タイミングを合わせられたに違いない。数分後、落ち着きを取り戻されると、師はおっしゃった。
「食べたければ食べればいい。やせたければ食べなければいい。どこに悩む余地があろうか。悩むだけ無駄である。他の悩みも同じである。学校の成績が悪ければ、悩む代わりに勉強すればよい。勉強がイヤなら悩む代わりにあきらめればよい」
英知のおことばに感銘を受けていると、質問した女が言った。
「師も悩んでおられるのではありませんか?」
無礼な発言に動揺のざわめきが広がった。以前失礼な質問を受けたとき、師はスネてお帰りになられたことがあるのだ。一同がハラハラして固唾をのみ中、師はお答えになった。
「わ、わたしは......えーと......悩むのではなく、ただ困っているのである。難しい質問をされたときや、妻に詰問されたときなど、毎日のように困っている」
こうおっしゃってベンチに腰をおろされた。話が長引くご様子である。
「人が悩まないときは二つある。一つはすべて順調だと思っているときだ。もう一つは、せっぱつまったときだ。わたしは毎日せっぱつまっている。悩む余裕がほしいものだ」
だれがこれほど洞察に富むことばを吐けるだろうか。英知のことばは続いた。
「考えよ。なぜ悩むのか?暇つぶしのためでもあるが、たいていは、自分に言い訳するためである」
深すぎて理解できないでいると、師は続けられた。
「悩まないでケーキを食べるのと、悩みつつケーキを食べるのとでは、大きい違いがある。悩む者は、しんそこ欲深い者とは違って、食べてはいけないと思いつつ苦しい葛藤の末に食べる。自分は苦しみと引き換えに食べているのだと言い聞かせて初めておいしく食べられるのである。わたしの知っている女は、レストランでメニューを見てカロリー表示を必ず確かめた上で、結果的に一番高カロリーの料理を選ぶ。彼女にとっては、カロリーの数字に目を通すという手続きが〈葛藤の末の苦渋の決断〉であり、悩むということである。悩むなら、ここまで悩みを儀式化すべきである。そうすれば気持ちよく好きなものを食べられる」
そのとき師の携帯が鳴った。電話にお出になった師の顔にみるみる苦悩の色が浮かんだ。師は「妻に頼まれていた書留を出し忘れてしまった。もう郵便局は閉まっている。どう言い訳したらいいものか」とつぶやかれると、足早に立ち去られた。師の困っておられる後ろ姿を一同見送った。

(巻三十二)生霊酒のさがらぬ祖父(おほじ)かな(其角)

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(巻三十二)生霊酒のさがらぬ祖父(おほじ)かな(其角)

1月14日金曜日

就寝時に睡眠導入手段としてBBCを聞いている。昨夜はふと思い立って、再生をシャッフルの継続にして、イヤーフォンからヘッドセットに換えて床に就いた。百余の番組のどれが聞こえてくるのか分からないというのも一興だし、眠っている間も音が脳を刺激しているようで英語の夢をみた。少なくとも昔の嫌な夢は出てこなかった。これも脳拘束の一手段になるようなので暫く続けてみよう。

晴天なれど強風で蒲団も洗濯物も外には出せず。

午後、散歩に出るが強風なので生協までにした。云われた買い物ほかに小袋パック一袋百円のつまみ、「やわらかいかフライ・マヨネーズ味」と「いか天のり天ミックス」というのを買った。寝酒をホット・ウィスキーにしたので、チョコレートよりは乾き物の方がよろしい。風呂から出て、エアコンのある部屋で血圧を測り、それからコチコチと読書をして、自室に戻り、クイッとやって蒲団にもぐり込んで、コテンと寝てしまう。何ともありがたいことだ。

今晩からはコチコチを省いて早く蒲団にもぐり込んでBBCを聴こう。そのために、コチコチは午後のうちに済ませておくことにして「老境 - 斎藤茂吉斎藤茂吉全集第七巻をコチコチし始めた。

〈性欲などといふものも、そのとほりである。谷崎さんの小説が、このごろ新聞に出てゐるが、あれは格別で、中華の古人などがいつた、いはゆる『耄期』に入つたものは、玉莖などもしなびてしまつて、から見映えのしないものになつてしまふ。從つて、美姫の脣などといふものだつて、邪魔ものになる。そんな邪魔ものの無い方が安樂に寝れるといふことになる。妙に厭迫されるといつた、一種の衝動におびやかされるといふことがなく、傍にそんな邪魔ものもなく、ひとりぼつちで、厚ぶすまで體をうづめ、とぷりと獸類の穴ごもりするやうな感じで、ほのりほのりと暖まるといふことは、全身が清爽で何ともいへぬ終末である。〉

と仰っている。

わが色欲いまだ微かに残るころ

渋谷の駅にさしかかりけり(斎藤茂吉)

BBCは以下を書き取りしてみた。穴を埋めたい。

BBC CrowdScience Which is better:Optimism or Pessimistic?

https://www.bbc.co.uk/programmes/w3ct1prd

0726

Yeh, so older individuals are more optimistically biased than middle age individuals. ???(1)??? optimism bias it follows the U shape. So it's quite high in case in teenagers, they ???(2)??? everything is fine, you know. And then it goes down, down, down and it hits rock bottom in your mid life, at which optimism bias is relatively small. And then it starts climbing up again, and it's quite high in the elderly population in that goes absolutely against our view of the grumpy old man and woman.

0758

That's extraordinary. What's going on?

0800

We don't know. We have a few hypotheses. One is we do know that under stress, you are less optimistic and have less optimistic bias. So we do know that middle aged individuals are under more stress than the elderly and the younger. So it would that ???(3)??? are just experiencing a lot stress in the mid life, ???(4)??? care of kids, professional demands, taking care of elderly parents and that is what is changing optimism, that is one hypothesis.

0828

願い事-生死直結で叶えてください。コワクナイ、コワクナイ。

あたしゃそこまで枯れてない。「二度終へてまだきほいたつたくまきの尺八すればいよいよ太しき(湯浅真沙子)」「たらちねの胸尻彼処を撫で摩り舐めて啜つて切れて逝くかも(拙歌)」