(巻二十一)首吊の枝に適ひし桜かな(星野庄介)

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3月4日月曜日

こう言う雨の日の月曜日の朝にバスに乗って電車に乗って通勤しないで勘弁していただけるのは誠にありがたいことです。

ごみ捨て以外は籠っておりましてコチコチ読書がだいぶ進みました。


「日本語はやさしい言語である - ドナルド・キーン朝日文庫 日本人の質問 から

では、昨日触れました部分も以下の通りコチコチが終わりましたので紹介いたします。

『 先日のことだが、ある新聞に以前連載していた私の文章を読んだという読者から、手紙をもらった。それは、英文の手紙だった。手紙の全体をみてみると、彼は私の書いたものに感銘を受けている、ということがわかった。ところが、彼の使った単語の一つは、私を本当に怒らせるものだった。実際、私が怒ったというのも、私の連載は“acceptable”だと言うのだ。“acceptable”と言えば「まあまあだ」ということである。感心できるものではないが、まあこれでもよいだろう、といったぐあいの意味である。決して、それが彼の言う意図ではないことぐらいは、私にも十分わかっている。それにしても、わざわざ手紙に書いてよこすには、無礼千万な言葉である。
日本語もむずかしいが、英語もむずかしい。二つを比べてもむずかしさが違うが、高い次元のこととなるっかと、どちらも相当の勉強が必要であることに変わりはない。
日本政府の要人が、外国へ行って、たまに英語のメッセージをやると、不適切な語用に失笑をかって問題になるが、そういった次元の高い英語は、笑いごとではなく、本当にむずかしいのである。
現在、英語は国際語になっている。世界中、ほとんどどこでも通用する、初めてで、唯一の言語である。しかし、それには条件がある。英語はうまい使い方をしなくてもかまわないのである。通じればいいのだ。東南アジアなどで使われている英語は、決してきれいな英語とは言えない。でも、通じる。それでよいのだ。国際語なら、通じればよいのである。』

と結んでいらっしゃいます。

漱石忌英語はつひに馴染めざる(松本三千夫)

もう一つは、

A low-growth, low-inflation rut by Neil Irwin NYT Jan. 29, 2019 低成長・低インフレ 定着

で、注意深く読んだところは、

『 The expected annual inflation rate in the next decade - reflected in the price of inflation-protected bonds - rose to 2.18 percent in April 2018 from 1.66 percent June 2017. It hovered in the 2.18 range for a few months, then plunged in late October to a recent low of 1.7 percent.
And prices in futures markets reflected expectations that the Fed would enact no more interest rate increases in 2019. Even as the consensus view of Fed officials at their December meeting was that two interest rate increases were on tap for 2019, markets were essentially flashing a signal of “Oh no, you don't.”』

この先十年間の経済予測が当たるとは思わないが、高インフレは予想していないようである。

が付けを回してきたよ。土日とthe地方都市へ行っていたが、賃貸契約のあと、ビック・ニトリ・ハンズと回って家電・家具類・ジュウキを仕入れたらしい。
引きこもられて、ゆすられるよりはましであると慰めている。いや目出度い事だから祝儀だな!