(巻十五)千の蟲鳴く一匹の狂ひ鳴き(三橋鷹女)

5月15日月曜日

今朝、小雨のなかを反転する燕を見た。

税関の海側の軒燕来る(仲寒蝉)

昨日の梱包疲れが残って終日ボーッして過ごした。ボーッとしていても、それで一日を過ごさせていただける境遇に感謝であります。

つつまれていて薔薇の香を忘れをり(今橋真理子)

引っ越し屋さんから前もって頂いた箱は二種類で小さな方に食器や書籍など重い物を入れるようにとのことであるが、食器と細君の書籍で小箱が25箱使われてしまい、我輩は大きな箱に隙々に入れている。雑誌や本のあらかたは廃品として出してしまったので、大した物はない。キッチリと詰めれば大型で二箱で足りるが、20キロを超えると一人で運ぶには大変とのことなので、詰め物で調整して四箱にした。
それにしても、使われていない皿のなんと多いことか!茶碗蒸しなどこの十年見ていないし、そうめんの硝子器もそうめんを作らなくなったので随分お目にかかっていなかった。

麺なれば何んでも冷えてさへをれば(古田紀一)

更に結婚式の引き出物が重い。息子が所帯を持った時のためにと矢鱈にとってあるが、いつのことやらである。

初暦妻めとる日も見当たらず(高浜虚子)

次の引っ越しがあるとすれば、入所であろう。そのときは一人ミカン箱二個との決まりがあるそうだ。移住先の生活では荷物を増やさないようにせねば。

特老で死ぬるも風情梅ましろ(岩下四十雀)

は、なかなか入れないと聞いております。

ホスピスや行くかもしれぬ半夏生(柴田節子)

での最期6ヶ月くらいを望んでおりますが、それが最後の望みだとしたら、何のために生きていたのだろう?