「猫の親子 - 中勘助」猫とねこのエッセイアンソロジー から

 

「猫の親子 - 中勘助」猫とねこのエッセイアンソロジー から

 

おととしの夏ごろだった、近所の飼い猫らしい親猫が子供をつれてちょいちょいここの庭に遊びにきた。もと畑の中へ建てた家だそうで、そこらで苗木を買ったり芽ばえをとってきたりしてやたらに植えたのだろう、庭というよりは藪か雑木林にちかいほうで、広くもない地積に柿、つげ、柳、青桐、梅、桃、ひば、もみじ、臘梅、棕櫚[しゆろ]、さざんか、あじさいなどが雑然と生い繁っている。そのうえまわりを家に囲まれて犬もめったに来ないから猫にとっては恰好の運動場になる。親猫は大きく雉子ぶちのはいった珍しく手のこんだ三毛で、顔つきが食肉獣と思えないくらい上品でおとなしく、器量がいい。私は可愛い可愛いと大騒ぎをする家の者にあれは小町の小町だよといって笑った。小町は皆がどうかして愛撫しようとしても子供づれのせいもあってか「誘う水あらば」と寄ってこない。彼女は子供に狙い寄られて繁みのなかを逃げ廻ったり、木の枝にかきあがって木登りを教えたり、あっぱれな賢母ぶりを発揮している。蝶鳥のごとくに跳ねあるく彼らの遊びはまことにほほえましく楽しい見ものであった。そのうちこちらに他意のないことがわかったのだらう、秋のある日彼女は私たちのまえでわれもこうにとまった赤蜻蛉をねらいはじめた。じっと身構えて三、四尺もとびあがり、拝むように両手を合わせてつかまえようとする。しかしのろまな赤蜻蛉もそうやすやすとはつかまらず、危いところでたちあがってしまう。と、小町は今度こそとってみせましょうか というようにちらりと私たちに目くばせして-実は警戒心だろう。-何度でも同じ殺生をくりかえす。だが蜻蛉は運よく逃げおおせた。子供につれられてすごすご帰ってゆく小町には気の毒だったけれどお蔭で私たちは彼女のみやびやかな姿と軽快な跳躍ぶりを満喫することができた。
そうこうするうち乳ばなれの時期が近づいたのだろう、時おり子猫が母親のそばを離れてふらりと家へあがってくるようになった。母親のほうでも別に心配して呼ぶという様子もないです。彼らはついたり離れたり嬉嬉として睦び合いながらいつとはなしに各々自分の生活をするようになった。

母親があまり立派なためいっしょにいるあいだ子供のほうは一向目につかなかった。が、独りで上ってこられてみるとさすが小町の娘だけあってなかなかの代物だ。母親の複雑なのとちがい大体白いところへぽたりぽたり黒と茶の斑のあるあっさりした三毛で、とても綺麗だ。ただ母親の上臈[じようろう]らしくおとなしやかなのにひきかえて父親に似たものか底光りのする鋭い目をしている。この方が現代的に魅力があるともいえようか。瑕[きず]をいえば後足が長すぎるのか妙に腰を高くして振ってあるく。しかしこれも新しい人が見たらかえって「とても素敵」なのかもしれない。ある冬の朝だった。小さな彼女は日あたりのいい茶の間の濡れ縁につぐんでたのだろう、誰かが障子をあけた拍子についとはいってきて茶の間を通りぬけ隣りの居間に寝ている私のところへつかつかとやってきた。その日から「鵜[う]の話」に着手して年内には仕上げてしまおうと意気込んでいた私は胸から上をのりだして起きるばかりになっていた。ところが彼女は子供らしい無邪気とおかまいなしで私の右腕と胸のあいだへぽっくりとはいり、小さな顎を腕のつけ根へのせてすやすやと眠りはじめた。さあそうなると私はその顎が千斤の錘[おもり]となって起きあがることができない。余儀なく私はそのままの姿勢で「鵜の話」の構想をすることにした。幸先がよかったのか悪かったのか話は年末ぎりぎりに出来上った。
彼女の朝の訪問は誰が教えたのでも許したのでもなくいつか規則正しい習慣になった。待ちかまえてるのか障子をあけるとたをにすっとはいってくるのを和子は抱きあげて愚痴みたいなことをいいいい濡れ雑巾で足をふいてやる。と、それをいやがって不平らしい声を出す。泥足がひとの迷惑になるとは知らないのだからしかたがない。さて畳におろされると彼女は妹たちの膝にのるなり、私の床へはいるなりして私の居間の煖炉[だんろ]の温まるのを待つ。そのとき私が知らずに眠っていると彼女は豆つぶほどの鼻先でちょんと顔をついたり、もざもざと頬ずりをしたりして目をさまさせる。無断闖入[ちんにゅう]は彼らの社会の作法にも悖[もと]るとみえる。尤[もつと]も彼らの仲間にはぞばへ来られても目をさまさないぼんやりはいないだろうけれども。因[ちなみ]に人間では鼻はむしろ弱いところ、痛みやすいところだけれど、鼻をつき合せていがみあい、噛みあい、ひっ掻きあう彼らの鼻は相当硬く丈夫に出来ている。本当に鼻っぱしが強いのだ。私はなにか言葉ををかけながら夜具の襟をあげて入口をこしらえてやる。と、すぐにははいらず用心深く嗅ぎ廻してから一足ぬきにそろそろとはいり込む。毎日のことなのにほとんどその警戒的態度をかえない。全く本能的である。が、結局すっぽり夜具を被って暫く満足の喉を鳴らした後ぬくぬくと眠ってしまう。
部屋が温まると私は起きて顔を洗い、茶の間で食事をし、新聞をよむ。そのあいだに和子は部屋の掃除をする。床をあげらられた小猫は煖炉のそばに座を占め、柱によりかかってガチガチと全身をかき、じれったいほどたんねんになめる。殊に前足をなめては頭や顔など手のとどかないところを撫でまわす様子はとんと化粧に似た感じを与える。それほど身だしなみがよくていながら汚すことは平気だ。何度でも汚して何度でもなめとるらしい。尤も汚れることなぞ気にしていては彼らの屋外の生活は出来ないだろう。焚火の灰のうえにいるかと思えば炭箱のなかにもいる。彼女が膝のうえに、床の中に、煖炉のそばにつぐみにくるので本名を知らぬまま私たちは彼女に「おつぐ」という名をつけた。おつぐは家じゅうのペットになった。妹たちは勤めから帰るとひとしきりおつぐをじゃらして楽しむ。おつぐは紐にじゃれ、はたきにじゃれ、胡桃にじゃれ、しまいにはミシン用の小型の丸椅子を独りで転がして遊ぶ。それは大人ばかりでとかく理に落ちがちな-あんまりそうでもないが。-家庭に無邪気な和楽と賑いをもたらした。彼女が遊びにあきたり腹がへったりで外へでたそうな様子をすると障子をあけてやる。と、どこか自分の家へ帰ってゆく。こちらの都合で帰すときには残り惜しげにしょんぼりと。

私は話にきくマタタビを猫がどれほど、どういう風に好むものか試してみようと思いついた。そしてそれを薬種屋に買わせた。マタタビは粗い粉末になっていた。薬種屋の人が和子に猫も子供のうちはたべないが大人になるとたべる、人間がたべてもいいといった。で、手近のひきだしへ紙袋をいれて待ち構えてるところへおつぐはいつものとおり尻を振りながらはいってきて煖炉のそばへよった。それとばかり用意のマタタビを半分ばかり紙のうえにあけて鼻先においてみたけれど見向きもしない。まだ子供だね そういって私はマタタビをしまわせた。
毎日見ているので特に目だちはしないもののいつとなしに子供らしさが薄らぎ、大きく、若わかしく、脂づいて、立派な娘になった。そのうちある日私はどこかの牡猫がおつぐのあとをつけているのを見た。そこで彼女がまたなにげなく炉辺へきたときに例のを取出してやってみた。と、今度は早速べろべろなめたあげくひっくり返って包み紙に頸をこすりつけた。猫にマタタビとはまさにこれ!子供だ子供だと思ううちに、と私は和子と顔を見合せて笑った。さあそれからは雉子がくる、虎がくる、烏猫がくる、白がくるというあんばいで庭はきれ地の見本を並べたみたいになった。彼らは奇声を発していがみ合うばかりか時どき猛烈な格闘をやる。娘一人に聟[むこ]八人だから無理はない。やや暫くして彼らが退散したのちおつぐの乳首がうす赤くぽっちりとふくらんできた。私は和子にそれを見せて、へんなどら猫の子なんぞつれてこられちゃ困るなといった。彼女はだんだん重くなる体をして、それでも毎日欠かさず炉辺へきて思いなしか大儀そうに横になった。傍[そば]にはいつも私が机に向って読み書きをしている。その私は全く先方本位で自分の喜びのために愛撫したりからかったりすることがない。障子はしめきりだし、暖かくはあるし、これくらい安全で愉快な休息所はないだろう。その後姿を見せない日が幾日があって、その次にきた時には彼女はすっきりと身軽になっていた。そしておりおりくるにはくるが残り物でも貰うとじきに帰ってゆく。子を育てているのだ。どんな子だろうと思う。すると日がたってからおつぐが庭で小さな雉猫を遊ばせてるのを見た。ちょうど自分が母親にされたように。そのうちどうかすると彼女は子供づれであがってきて私の膝一杯に寝そべり、かた手で抱えるようにして乳をのませながら子供の全身を歯で掻いたりなめたりしてやり、自分もすっかり身だしなみをしたあげく海鼠みたいにくっつきあってぐっすり寝込んでしまうようになった。私は和子を顧みて、しゅうがないなこりゃ、これもなにかの御縁だよと彼らの眠りを妨げないように出来るだけ静に机に向って書きにくい筆を進めるのであった。