(巻十四)紙魚ならば棲みても見たき一書あり(能村登四郎)

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3月17日金曜日

染み付いてしまいたいほどの本はないが、今、コチコチと書写している『男の作法ー池波正太郎』の“巻末解説”を書いている常磐平氏の“遠いアメリカ”をもう一度読みたくなった。ネットで調べたら、講談社文庫で出版されたが、今は絶版のようである。
アマゾンには出品されているが、我輩には“アマゾン”は未開の地であり、進み方が分からない。

分からない道が分かれる春の山(秋尾敏)


相撲見たさに少しフライングして神田コーラクに急いだ。
琴奨菊から見ることができた。稀勢ノ里は前頭三枚目を盤石の相撲で寄り切り安心させてくれました。同部屋の高安が照ノ富士をしっかりとした相撲で破ったのも頼もしい。既に二敗の日馬富士は負け相撲を拾っただけだし、鶴竜横綱らしくない相撲で前頭三枚目の嘉風に完敗してこれも二敗になった。稀勢ノ里はプレッシャーに弱いから十二日くらいで決めてあげないと安心できないが、これならその筋書きもあるのかもしれない。

行く先は行き着くところ春の雲(小山内豊彦)

コーラクの桟敷(写真)で話題になったのは、稀勢ノ里の次が見当たらないことだ。横綱まで登れそうな力士の名前が上がらない。我輩としては今日の取り口から高安に注目したい。高安が土踏まず以外に包帯やサポーターをしていないところも我輩の買いである。

歳晩や身に軟膏の千社札(藤田湘子)