(巻十八)ともかくもあなた任せのとしの暮(小林一茶)

イメージ 1

イメージ 2

5月18日金曜日

化審法だの化管法だの、特定物質だの指定物質だのと紛らわしい規則があるものだなあ!化審法の方は少しは馴染みがあるが、もう一つは知らなかった。日々沙娑に出て来られるので刺激もあると云うものだ。当に日々これ元旦である。

さて、今日は昭和46年(1970年)に東京税関に採用された若者が時を経て爺になって呑むことになって八人ほど成田に集まることになっている。
6時からなので、3時半に出れば間に合うが半日お休みをいただいた。役所にいたころは休みを“取る”と言っていたが、こちらにお世話になってからはお休みをいただくと云うようになるべく癖をつけている。尊敬する親分などは“お休みを頂戴する”と打ってくる。
もう一つ癖にしているのがメールの書き出しである。社内では“お疲れ様です。”が主流であるが、私は“お世話になっております。”にしている。皆さんのお蔭でございますと云う意味で感謝しているわけですが、“頂いているお給料分は到底お返しできませんよ、旦那。”とちょっと開き直っているとも云える。
話が脱線したが、そう云うわけで一時に会社を出た。新橋から3時9分発の成田空港行きに乗る算段で、それまでは汽車広場前の古本市で時間を潰すつもりであった。
週はじめの月曜日の昼休みにあわてて古本を探したが、今日はゆっくり探そうと思ったのである。
先ずは手を出さずに一回りして目星をつけた。今日は飲み会に行くのであるから、沢山は買い込めない。
そして、二冊に決めた。新刊では買う気にならないが、百円ならまあいいかという良書として、
堕落論坂口安吾(角川文庫)』
『わが百味真髄ー檀一雄(中公文庫)』
を別別のテント店で買った。
とその店の棚に『文藝春秋編・巻頭随筆』の一巻から三巻までの三冊が縛って並んでいたのである。
月曜日に第四巻を見付けて喜んでいたのだが、他の巻はなかなか手に入らないだろうと諦めていたのでおお喜びで三百円を払った。
時間を見るとまだ2時少し過ぎなので珈琲店で涼みながら列車を待とうと考えた。40分ほどテント村を彷徨いたら汗をかいたし、少し草臥れたし、喉が渇いたし、煙草も吸いたくなった。
珈琲ショップチェーンで低価格と云うとドトールとプロントであるがプロントがあるのは知っているので前まで行った。
安い店には人が集まる。席が空くのを待つ人の列が店の外まで出ていたので珈琲と煙草を
諦めて、新橋駅地下ホームに降りて、このようにコチコチしながら列車を待ち、今、車中である。グリーン席は東京駅でほぼ満員になった。

(続く)